<フィギュアスケート:全日本選手権>◇25日◇大阪なみはやドーム◇女子フリー

 真央が逆転優勝だ。浅田真央(21=中京大)が、フリーで118・67点をマーク。ショートプログラム(SP)に引き続き、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を封印し、SPの2位から逆転し、総合184・07点で、2年ぶり5度目の優勝を飾り、世界選手権(来年3月、フランス・ニース)代表を決めた。9日早朝に最愛の母匡子(きょうこ)さん(享年48)を亡くしながらも、20日間に迫る悲しくつらい期間を乗り越え、亡き母に最高のクリスマスプレゼントを贈った。

 涙は最後までこらえた。人前で泣くのだけは避けたかった。うれしさとホッとした気持ちが交錯し、浅田の中には、これまでに経験したことがない感情がわき上がった。「いつもと気持ちが違うし、普通の状態じゃなかった。でも、すごくうれしい」。ようやく自然な笑顔が生まれた。

 滑り終えると、浅田は天を仰ぎ、そっと目をつぶった。「自分もすごくうれしいですし、(母も)喜んでいる、たぶん」。目が少しだけ潤んだ。今大会、1度も「母」という言葉を使わなかった。

 世界選手権代表の会見では「お母さんに何て報告しますか」と質問が飛んだ。「今日も(母は)一番近くでいるように感じたので、何も報告しなくても分かってくれると思います」。この時も、「母」という言葉をぐっとのみ込んだ。

 それが浅田の強さだった。氷上で何事もないように、完璧に振る舞うために、心が揺らぐ「母」という言葉は封印した。そして、この日のフリーでも、最後の3回転ループをのぞいては完璧に演じた。母への思いは、自らの心の中だけにとどめ、強い浅田真央を演じた。

 最終滑走の村上の得点が出るまで、少しの間があった。すでに滑り終えた浅田は、その時点でまだ1位。リンクから離れていた浅田にとって、もどかしい時間だったかもしれない。しかし、つらく長い20日間を耐えたことに比べれば、一瞬の出来事だった。村上の得点が表示される。浅田は逆転で勝った。

 アクセルジャンプの選択は、この日も2回転半だった。朝の公式練習から、3回転半は絶好調。4回跳んで、3回成功。演技前の6分間練習でも、1度跳んで完璧に降りていた。しかし「いつもと違う状況の中だったので、信夫先生と話して決めました」。佐藤コーチも「(彼女にとっては)今まで経験のなかったことの連続でした。何が起こるか分からない」と、安全策を採り成功した。

 12日の葬儀・告別式を終え、13日から中京大で1人で練習を開始した。「毎日、練習をして、ご飯を食べての繰り返しで、余計なことを考えている暇はなかった」。ただ、その日、リンクで出会った、かつて指導を受けた山田満知子コーチに「ママは真央の中にいる」と話すと、涙が少しだけこぼれた。

 不安は募るばかりだった。通夜、告別式などで4日間ほど練習を休んだためか、練習再開後、筋肉痛が襲った。疲れのピークが本番に来るような日程だったため、はやる浅田を、佐藤コーチは「あの手この手を使って、休ませることに努めた」という。

 フリーの曲「愛の夢」は3曲からなる。浅田が使用しているのは第3番で、副題は「おお、愛しうる限り愛せ」。昨季から2シーズン連続で演じてきたフリーは、ミスも出たが、この日、最高の形で結実した。亡き母が残した真央への愛は、クリスマスのこの日、温かく娘を包んでいたに違いない。【吉松忠弘】