阪神からポスティング制度を利用してメジャー移籍を目指していた藤浪晋太郎投手(28)がアスレチックスと1年契約で合意したと、球団公式サイトが米国時間11日(日本時間12日)、発表した。メジャー契約を結ぶ。先発としても獲得に動き、粘り強い交渉でダイヤモンドバックス、ジャイアンツ、レッドソックスなど複数球団による争奪戦を制した形だ。ア軍はア・リーグ西地区に所属しており、同地区のエンゼルス大谷翔平との「同学年対決」にも注目が集まりそうだ。

昨季の藤浪は2年連続で開幕投手を任され、16試合登板で3勝5敗、防御率3・38。160キロに迫る直球と150キロ前後のスプリットを最大の武器に、完全復調の気配を漂わせた。レギュラーシーズンでは8月以降は先発7試合のうち6試合でクオリティースタート(6回以上、自責点3以内)を達成している。

課題の制球力が格段に改善されたこともあり、ダイヤモンドバックスが早い段階で昨季の推定年俸4900万円を大幅に上回る200万ドル(約2億8000万円)以上のメジャー契約を用意するなど、大リーグ複数球団から高評価されていた。最終的には複数球団の中から、先発としても興味を示しているア軍を選択。複数年契約の選択肢もある中、あえて勝負の単年契約をチョイスした。

ア軍は現在「再建モード」に突入しており、先発陣、救援陣ともにメンバーが埋まっていない状況。先発陣は左腕アービンと右腕ブラックバーン、カプリーリアンらが経験豊富だが、台所事情は厳しい。藤浪は中継ぎはもちろん、先発4、5番手争いに食い込める可能性が十分にある。

昨年12月31日に自身のインスタグラムを更新。「来年のことはまだ決まっていませんが、チャンスをもらえれば、人生をかけて思いっきり挑戦できればと思います!!」とつづっていた。交渉期限の米東部時間1月14日午後5時(日本時間同15日午前7時)を待たずの着地。大器がいよいよ海を渡る。

◆アスレチックス投手事情 昨季は60勝102敗でア・リーグ西地区最下位。メジャー24位の防御率4・53に終わった投手陣の再建は急務とされる。先発は昨季チーム最多の9勝(13敗)をあげた28歳左腕アービンが唯一、規定投球回数に到達しただけ。現時点で今季先発ローテは28歳カプリーリアン、29歳ブラックバーンまでの3人が当確で、残り2、3枠を複数候補で争う見込み。救援陣は昨季11セーブを記録したクローザーのヒメネスら粒ぞろいながらも実績、層の厚さとも駒不足となっている。

◆オークランド・アスレチックス 1901年にフィラデルフィア・アスレチックスとして創設。カンザスシティーを経て68年からオークランドに本拠地移転。72年からの3連覇をはじめ、ワールドシリーズを通算9回制覇した。コロナ禍で短縮された20年に地区優勝を果たしたものの、財政難もあり、その後は主力を次々に放出。過去には、藪恵壹、岩村明憲、松井秀喜、岡島秀樹ら日本人選手が所属した。大谷翔平が所属するエンゼルスも同地区。

◆藤浪晋太郎(ふじなみ・しんたろう)1994年(平6)4月12日生まれ、大阪府出身。大阪桐蔭3年時に甲子園で春夏制覇。12年ドラフト1位で4球団競合の末、阪神入団。1年目の13年にセ・リーグでは67年江夏(阪神)以来の高卒新人2ケタ勝利。15年最多奪三振。14年日米野球、17年WBC出場。21、22年開幕投手。197センチ、98キロ。右投げ右打ち。

◆藤浪メジャー挑戦までの経緯

21年12月8日 6年連続減俸で契約更改。「エゴ」と表現してまで先発一本勝負を宣言した日、球団側に翌年オフのメジャー挑戦希望を伝える。

22年9月27日 オフにポスティング制度を使用して大リーグ移籍を目指す意思が判明。

9月28日 日刊スポーツなどの報道を受け、オフのメジャー挑戦希望を正式表明。「大リーグは野球の最高峰。若いうちに挑戦したい」。

10月13日 ヤクルトとのCSファイナルステージ第2戦に先発し、3回2失点で敗戦投手。これが22年最終マウンドに。

10月14日 阪神球団がオフのポスティング制度使用を容認することが判明。

10月17日 阪神がポスティング制度使用の容認を正式発表。「球団に感謝したい。少々の不安と胸の高鳴りと、両方がある」。

11月10日 米国でGM会議中、代理人のボラス氏が藤浪のメジャー契約に「需要は高い。多くの球団が必要とするだろう」と自信。

12月1日 阪神が、ポスティング制度による移籍交渉の手続きをMLBに申請して受理されたと発表。

12月9日 ダイヤモンドバックスがメジャー契約を用意し、レッドソックス、ジャイアンツなど獲得に興味を示す複数球団の中で移籍先の最有力候補に浮上していることが判明。

12月17日 京都でバスケ男子Bリーグのイベントに登場し「来年からおそらくアメリカのメジャーリーグに挑戦させてもらう」とあいさつ。

12月31日  自身のインスタグラムを更新。「チャンスをもらえれば、人生をかけて思いっきり挑戦できれば」と決意表明。

1月10日 アスレチックスが移籍先に急浮上したことが判明。