ボクシングには「忘れられないあの一撃」がある。

現在、強烈なパンチ一撃で相手を倒す印象が強い日本人ボクサーは何といっても、WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)だろう。

6月19日(日本時間20日)には、米ラスベガスでのIBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)との防衛戦(WBA5度目、IBF3度目)を控えている。昨年10月のジェーソン・モロニー(オーストラリア)戦に続く「聖地」、ラスベガス2連戦で、KO防衛が期待されている。

ファイトマネーも2戦連続で100万ドル(約1億1000万円)と軽量級では破格。米老舗専門誌ザ・リングのパウンド・フォー・パウンド(階級を超越した最強王者)ランキングで2位に入るモンスターの価値は、すでに揺るぎないものとなっている。9日には、渡米した。

その井上は、18年10月7日には、元WBA世界同級スーパー王者フアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を右ストレートで70秒KOした。これは、日本人の世界戦最速KOタイム。あのパヤノ戦の一撃の裏側、そして井上自身も印象に残っているという「あの一撃」を紹介する。

【取材・構成=藤中栄二】

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3年前の18年10月、横浜アリーナで日本人世界戦最速KOを生む右ストレートがさく裂した。階級最強を決めるトーナメント、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)1回戦で生まれたワンツーは必然だった。

パヤノのようなサウスポーに対し、オーソドックス(右構え)には、戦い方のセオリーがある。左ストレートを回避するため、相手前足(右足)より外側に自身の前足(左足)を置くことが基本。しかし、あの時、井上はジャブのタイミングを少しずらし、あえて前足を内側に入れ「踏み込んで左(ジャブ)を打った」。左拳で視界を遮断し、右ストレートを打ち抜いた。

開始ゴングから60秒足らずで井上はパヤノの動きを見極めていた。<1>左ジャブで距離をつかみ<2>相手パンチの速さと軌道をチェック<3>ガードの上にパンチを打たせて相手リズムを把握する。この3つの作業を終えれば、最後は「ナオ(井上)のセンス」(父真吾トレーナー)。的確なワンツーをねじ込んでいた。

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井上には独自の攻略理論がある。「相手の映像を見ながら『もっとも強い姿』を想像する。あえて相手を過大評価する。自分のパンチは当たらないと考えてリングに立つと『結構、当たる』と思える」と話している。

対戦相手の最強バージョンを考え、対策と戦略を練っている。天性のセンスにプラスし、最悪のパターンまで想定した作戦が井上の「一撃」に込められている。

アマ時代、高校2年だった井上は全日本選手権決勝で、当時の駒大1年だった林田太郎に判定負けを喫した。真吾氏は準決勝で優勝候補を下して慢心が生まれたと反省し「あの負けが(相手を過大評価する攻略法の)きっかけ」と明かしている。

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その強烈な一撃を持つ井上が印象に残る過去の世界戦として真っ先に挙げるのは、11年2月に米ラスベガスで開催されたWBC・WBO世界バンタム級タイトルマッチとなる。

3階級制覇を狙うノニト・ドネア(フィリピン)が2団体統一王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)に挑戦。2回、強烈なカウンターの左フックでダウンを奪取した。両足がけいれん状態の王者に、再び左フックを打ち込み、レフェリーストップによるTKO勝利だった。井上は「あの映像を見て(左フックの)参考にしました」と明かしている。

そのドネアとはWBSS決勝で対戦し、2回に左フックを浴びて右眼窩(がんか)底など2カ所を骨折しながらも11回に左ボディーでダウンを奪って判定勝利。ドネアとの激闘を制し、日本ボクシング史に新たな歴史を刻んだのも運命的だった。

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