セミファイナルとメインイベントで“4代目”タイガーマスクの引退試合がそれぞれ5分一本勝負で行われた。
解説席には獣神サンダー・ライガーが座り、リングアナウンサーを田中ケロ氏が務めた。
タイガーマスクはまずセミファイナルで、あのダイナマイト・キッドのおい“ダイナマイト・キッド”トム・ビリントン(24=AEW)と対戦した。
タイガーマスクは場外でビリントンを鉄柵にぶつけたが、逆に高速ブレーンバスターでたたきつけられ、続けざまに延髄斬りを浴びてダメージを負った。
リングに戻るとブレーンバスターで投げられたが、続くパイルドライバーを何とかこらえたところで、時間切れ引き分けとなった。
するとメインイベントの相手である、こちらも“4代目”のブラック・タイガーがリングに飛び込んできて、ビリントンを襲撃。ビリントンがラリアットでやり返し、タイガーマスクに戦いをうながしたところで、メインイベントのゴングが鳴った。
ブラック・タイガーはダーティーファイトを展開し、タイガーマスクのマスクに手をかけた。しかしタイガーマスクはそれをこらえると、ブラック・タイガーの突進をかわしてリング下に落とし、トペ・スイシーダをお見舞い。さらに雪崩式ダブルアームスープレックスでブラック・タイガーをたたきつけた。
その後、ブラック・タイガーはレフェリーの背後でタイガーマスクに急所攻撃。そのままフォールしたが、これはタイガーマスクがカウント2で返した。
終盤、ブラック・タイガーが強烈な張り手を見舞い、タイガーマスクを抱え上げたところで試合終了のゴング。タイガーマスクはそのままマットにたたきつけられたが引き分けとなった。
しかしブラック・タイガーが「お前の影を演じてきたが、今日は俺が主役だ。俺に5分よこせ」と延長戦を要求。5分間の延長となり、タイガーマスクがすかさずタイガースープレックスホールドで3カウントを奪取。引退試合を勝利で飾った。
その後、ブラック・タイガーはマスクを取って、素顔のロッキー・ロメロ(AEW)となり、ビリントンと3人で手を高くかかげタイガーマスクの引退を祝福した。
タイガーマスクは1995年7月15日のデビューから31年間のレスラー生活に勝利で終止符を打った。試合後の引退セレモニーには新日本の選手たちやOBの藤波辰爾、ONEフライ級キックボクシング暫定世界王者として引退した“7代目タイガーマスク”の武尊氏、デビュー戦の相手であるザ・グレート・サスケ、新崎人生、球界から元巨人監督の原辰徳氏、元DeNA監督の三浦大輔氏らもかけつけ、花束を贈った。
そして最後に初代タイガーの佐山聡がしっかりとした足取りで登場。タイガーマスクは「佐山先生に一つお願いがあります。やはり、僕は佐山先生に作っていただいて、育てていただいて、最後は、どうしても佐山先生とロックアップをしたいです」と要望。初代対4代目の試合開始のゴングが鳴らされた。
すると、その日の体調によっては車いすでの生活も強いられている佐山が、まさかのサイドステップをふんで4代目を驚かせ、そしてロックアップ。大歓声の中、4代目タイガーマスクの本当に最後の試合が幕を閉じた。
タイガーマスクはその後のマイクで「見て分かる通り、私はこれだけ体が小さく(173センチ、83キロ)、プロレスラーになりたいと言う時にも、両親はお前なんかプロレスラーになれるわけねえと。しかし夢は実現すると、自分は自分の体をもって皆さんに伝えたいと思います。ぜひ皆さんも夢を諦めないで、夢に向かって突っ走ってほしいと思います」と人々にメッセージを送っていた。
◆タイガーマスク 年齢、出身地は非公開。格闘技ジム「スーパー・タイガー・ジム」で、初代タイガーマスク佐山聡の教えを受けた“直系の虎”。95年7月15日に開催された「格闘技の祭典」におけるザ・グレート・サスケ戦でデビューし、みちのくプロレス所属となった。02年1月4日に新日本初参戦。同年12月に新日本に入団した。主なタイトルはIWGPジュニアヘビー級王座、IWGPジュニアタッグ王座、BEST OF SUPER Jr.11、12連覇、UWA世界ミドル級王座、英連邦Jr.ヘビー級王座、NWA世界Jr.ヘビー級王座。得意技はタイガースープレックス、タイガードライバー、リバースダブルアームバー、雪崩式ダブルアームスープレックス。173センチ、83キロ。

