WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に向けた話題が増えてきました。日本でも大谷翔平投手やダルビッシュ有投手が参加を表明していますが、アメリカでは、ロッキーズのダニエル・バード投手(37)が代表入りしたと、大会公式サイトが報じています。
この投手をご存じでしょうか?
彼は2017年に1度、引退しています。原因はイップス。思うように体が動かず、ストライクが入らなくなってしまったのです。数年間この症状に苦しみ、32歳のとき「もう投げたくない」という言葉とともにユニホームを脱ぎました。
レッドソックス時代の2010年にア・リーグの最多ホールドをマークするほどのリリーフ投手でしたが、次第にコントロールを乱し、ストライクどころかバックネットに投げつけてしまったこともあるそうです。
バードが引退するまでに、イップス克服のためにトライした内容が、20年7月にスポーツ・イラストレイテッドに書かれていました。
・グーグルで「イップスを取り除く方法」を検索した。
・サイドハンドから下手投げに変えた。
・タッピング(体の特定部分を軽くたたいて刺激し、心身の調子を整える療法)を試した。
・疲れていれば考えすぎないだろうと、投球前にウエート・トレーニングを行った。
・ブルペンに入る前にビールを2杯飲んだ。
・3人の催眠術師を訪ねた。
苦心の跡が見えますが、効果はなかったそうです。
しかし、引退後にダイヤモンドバックスのメンタル担当コーチとして若手選手とキャッチボールをしているとき、苦しんでいた時期が信じられないほど、いいボールを投げられたというのです。その若手から「まだ投げられるんじゃないか」と勧められ、再び現役への道を歩み始め、20年にロッキーズと契約に至りました。
なぜ、投げられるようになったか? バードは復帰後「2年間野球から離れたことで気持ちを切り替え、球場で野球を楽しめるようになったんだよ」と話しています。
私はイップスについて取材を重ね、2018年に「イップスは治る!」(洋泉社)を、2020年には日本イップス協会の河野昭典会長に協力して企画構成を担当し「メンタルに起因する運動障害 イップスの乗り越え方」(BABジャパン)を出版しました。
イップスに興味を持った契機は少年野球でした。コーチをしているとき、ある選手が不思議な…ところどころで引っかかるようなフォームで投げていました。聞けば、最初はそんなフォームではなかったそうです。
ただ、肩のラインよりも低い位置から腕が出てくるため、コーチ陣に「もっと上から投げなさい」と何度も指導されているうちに、おかしくなってしまったといいます。肘を上げることは故障防止の観点からも大切ですが、単に「上げろ」と言われても簡単には直りません。投げるたびに注意されてスムーズに動けなくなってしまったのです。
これを機に注意してみていると、小学生でもイップスに陥っている選手がいました。フォームがぎこちない動きであったり、指からボールが離れていかずワンバウンドしてしまう。なかにはエースだった少年が、しばらくしたらキャッチャーにも届かなくなっているケースもありました。プロ野球の担当記者としてイップスの存在は知っていましたが、小学生も陥ることに私はショックを受けました。
そんな頃、横浜高の元監督、渡辺元智さんの取材をする機会がありました。2017年のことです。取材後の雑談で小学生の野球の話題になりました。
私が小学生のイップスの話を持ち出すと、渡辺さんが言いました。
「それは教え方に問題がある場合が多いのではないでしょうか。私も監督をやめてから野球教室などで小学生を見る機会が増えましたが、総じて教えすぎじゃないかと感じています。指導者も熱心だからこそでしょうが、難しく教えすぎると動作が狂ってしまうのかもしれません」
バードのようなプロ選手のイップスには重圧などさまざまな要因があるでしょうが、小中学生では指導の問題が多いと思います。
同じ教え方をしても、各選手に同じように届くとは限りません。ある選手には効果的だったアドバイスが、別の選手には逆効果になってしまうケースも多々あります。
指導者がそうした多様性を理解していないと、動作の狂い…イップスに結び付いてしまう可能性が高くなってしまいます。
バードのように、イップスを克服して活躍する選手もいて、それは素晴らしいことだと思います。しかし、特にジュニア世代では、イップスに陥らないことが大切です。
大ヒットした野球映画「メジャーリーグ」シリーズにもイップスが出てきます。
「メジャーリーグ2」から出てくる新人捕手のルーブ・ベイカー(エリック・ブルスコッター)は強肩で各塁にはものすごいボールを投げますが、ピッチャーへの返球が暴投になってしまいます。
ピッチャーへ返すときは「ヘマしませんように」と考え、二塁に投げるときは「何も考えずに投げます」と答えています。これはイップスの本質に迫るようなやりとりに思えます。
そして続編「メジャーリーグ3」では、チームメートと監督の間でこんなやりとりがあります。
「彼の送球難は少年時代の厳格なコーチに原因がある」
「アホなコーチのせいでクソ球を投げる?」
映画のエピソードですが、とてもリアリティーがあります。ジュニア選手たちがイップスとは無縁で、野球を楽しめるよう願います。【飯島智則】

