映画界の風雲児と呼ばれた角川春樹氏(78)が最後の監督作品と公言する映画「みをつくし料理帖」が16日、公開される。全盛期の80年代、麻薬事件によるブランクの10年…最後の作品に込められたさまざまな思いを聞いた。

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キャストを決めたのは2年前。最後の作品の主役としては、松本穂香(23)と奈緒(25)にはまだ「新人女優」の印象が強かった。

「2人の知名度を不安視する人もいたけど、衣装を着けた松本を見て、澪(役名)だと確信しました。心配ない、奈緒と2人は映画公開までに必ずブレークする、と周囲に断言した」

松本はその後、4本の主演映画が立て込み、奈緒は昨年の日本テレビ系連ドラ「あなたの番です」の個性的演技で頭角を現し「予言」は的中した。天候不順だった昨夏の撮影も不思議に晴れが続いた。初顔合わせの窪塚洋介(41)は「雨予報の日に監督は『大丈夫、神社で雲きりしてきたから』とおっしゃる。で、ホントに晴れるんです」と角川マジックを実感した。ゆかりの俳優も大挙出演した。80年代の角川映画を担った薬師丸ひろ子(56)もその1人だ。

「ひろ子は『今まで感じたことのない熱のある現場ですね』と。出番が終わった時、恒例だから花束を渡したんだけど、彼女号泣したんだよ。『野性の証明』のオーディションに来た13歳の時を思い出したそうなんだ。あれから43年。気持ちは変わらないけど、お互い、年とったからなあ」

6度目の結婚となった元歌手明日香夫人(32)との間には7歳の男児がいる。

「家族を失った2人の人情話を最後の作品に選んだのは、きっと今の私が家族の絆を感じているからだろうね。撮影前に女房から2つ言われた。妥協しないように、そして悔いのないように、と。ミスがあれば丸1日かけても撮り直した」

主題歌提供の松任谷由実(66)とは40年来の付き合いだ。麻薬取締法違反事件の逮捕(93年)による10年のブランク中もそれは続いた。

「千葉(刑務所)で勾留中に聞いたのが(松任谷の曲)『春よ、来い』。早く出たいという気持ちに染みた。ユーミンは『曲はその人との出会いがすべてだけど、今回は“春よ、来い”を越えてみせる』と」

劇中の人情の移ろいに寄り添った主題歌「散りてなを」にはそんな思いが込められている。アクションが多かった角川作品としては異色だが、原作は無名だった高田郁さんを「山本周五郎以来の筆力」と角川氏自らが発掘、累計300万部のベストセラーとした経緯がある。出版から音楽、映像をリンクした「角川商法」の集大成といえそうだ。【相原斎】

◆みをつくし料理帖 江戸末期を舞台に、大洪水で大阪を追われた幼なじみの澪と野江が成人後に江戸で再会する。女料理人と花魁(おいらん)というまったく別の道に進んだ2人は「食」を通じて互いの存在を知り、ひそかに友情を育むが…。松本穂香主演。石坂浩二、若村麻由美、浅野温子ら角川映画ゆかりの俳優が出演。

◆角川春樹(かどかわ・はるき)1942年(昭17)1月8日、富山県生まれ。76年、映画「犬神家の一族」を初プロデュース。製作本数は83本、監督作は8本。93年にコカイン密輸事件で逮捕。保釈中に「時をかける少女」(97年)で監督。05年「男たちの大和」プロデュースで本格復帰。6度の結婚歴があり、最初の3人の妻との間にそれぞれ1人ずつ子どもがいる。