政治資金をめぐる複数の問題や疑惑を抱える寺田稔総務相は20日夜、首相公邸を訪れ、岸田文雄首相に辞表を提出し、受理された。首相による事実上の更迭。辞表提出後、報道陣に「(10増10減)区割り法成立を1つのけじめとして辞表を出した。岸田内閣を支えたい思いと、私の問題が国会運営の支障になってはならないという思いが交錯していた」などと語った。

岸田首相にとっては、21日から22年度第2次補正予算案の審議が始まることや、旧統一教会の被害者救済新法や安全保障3文書改訂など重要な政治案件が控える中、寺田氏の問題を国会審議に影響させないためには、20日中の決着が不可避だった。政治資金規正法を所管する総務相が「政治とカネ」の問題を抱え、説明も不十分だったことから、寺田氏には与野党から辞任を求める声が出ていた。

首相は20日午後、松野博一官房長官や木原誠二官房副長官らと断続的に対応を協議。後任についても協議した。19日のタイでの会見では寺田氏を続投させるか問われ、明言しなかった。

岸田政権では、先月24日に旧統一教会との関係で山際大志郎経済再生相、今月11日には葉梨康弘法相が「法相軽視」発言で、相次ぎ辞任。寺田氏の辞任で、約1カ月間に3閣僚が辞任する異例のハイペースでの「辞任ドミノ」となった。首相が受けるダメージは大きく、これまで以上に任命責任を問われそうだ。

辞任3人の閣僚のうち、寺田氏と葉梨氏は首相が率いる岸田派(宏池会)に所属。特に寺田氏は、宏池会を創立した池田勇人元首相の孫を妻にしており、首相と極めて近い関係。寺田氏の辞任は山際、葉梨両氏より深刻な事態として首相にのしかかっている。

過去には閣僚の「辞任ドミノ」が続いた政権が退陣した例もある。発足から約1年、岸田政権は極めて厳しい状況に追い込まれた。

○…閣僚の「辞任ドミノ」は、過去に首相の退陣につながったケースもある。06年9月発足の第1次安倍晋三政権では、約10カ月の間に5人が辞任(1人は死亡)。事務所費という「政治とカネ」の問題や失言が原因で、07年7月~9月は毎月閣僚が辞任し、同年9月に安倍氏が体調不良で退陣した。また、08年9月に発足した麻生太郎政権でも、発足から5日で中山成彬国交相が失言で辞任したほか、約9カ月間で閣僚3人や、官房副長官が辞任。麻生政権は09年8月の衆院選で惨敗し、自民党は民主党に政権を奪われた。