担当者が明かす舞台裏「きっかけは社内の雑談」

アース製薬 社長特命全社横断戦略担当の貴島浩史常務執行役員。企画実現の立役者ともいえる存在だ(筆者撮影)
アース製薬 社長特命全社横断戦略担当の貴島浩史常務執行役員。企画実現の立役者ともいえる存在だ(筆者撮影)

この秋、山手線に乗っていて、神田駅で突然流れてきた発着メロディに驚かされた読者も多いのではないだろうか。

立役者に話を聞いた

「お口くちゅくちゅモンダミン♪」――。そう。あのアース製薬の口内洗浄液「モンダミン」のCMジングルが山手線神田駅の発着メロディに使われているのだ。このジングルが初めて世に出たのは1995年。それから約30年の時を経て国民的とも言えるCMジングルとなった。

そんなメロディを持っている企業は多数存在する。そして山手線にもヱビスビールのコマーシャルで使われた『第三の男』をメロディとする恵比寿駅や、『鉄腕アトム』が流れる高田馬場駅もある。だが、CMで使っている商品固有のオリジナルメロディを駅の発着メロディにしてしまう会社は珍しい。

さらに、である。神田駅に降り立った人の目に入ってくるのは、「神田駅?アース製薬本社前」という駅票である。多くの看板も同じ表記になっている。また東西南北に分かれた4つの出口にも、それぞれ「サラテクト口」「バスロマン口」「アースジェット口」「モンダミン口」とアース製薬の商品の名前が振られている。

いったい神田駅に何が起こったのだろうか。アース製薬は何をしたのだろうか。企画の立役者であるアース製薬 社長特命全社横断戦略担当の貴島浩史常務執行役員に話を聞いた。

まずは貴島氏の名刺に書かれた「社長特命全社横断戦略担当」という肩書きについて尋ねた。

「とにかく社内のいろいろなことを、やっています」。社内にはさまざまな部署があり、それぞれが重要な面白い仕事をしている。もし俯瞰して社内の仕事を把握することができたら、連携してもっと新しいことができるだろう。そう思いついた社長から任命された「社長特命全社横断戦略担当」という肩書き、これが名刺に付いていると、どんな会議にも顔を出せて、自由に各部署を横断することができるというのである。話を聞くうちに、そんな風通し良い会社だからこそ、神田駅とアース製薬のコラボが生まれたことがわかってきた。

2022年9月。貴島氏は社員と立ち話をしていた。ふと、思いつきで「神田駅のメロディがお口くちゅくちゅモンダミンになったら面白いのにな」と言ってみた。どこの会社の社内でもよくある、会話の中のちょっとした夢物語である。ほんのジョークのようなものだ。

ところが、それに食いついてきたのが社員たちだった。「面白いですよね!」、「うん……面白いよな!」。

JR東日本は当初「実現は難しい」

大いに盛り上がった。しかし盛り上がるだけで終わらないのがアース製薬であり、そして貴島氏である。すぐにスマホを取り出し、広告代理店に電話をし、そして電話口で歌った。「神田駅のメロディ、これにできないかな??お口くちゅくちゅモンダミン♪」

貴島氏の歌声に心が動いたのだろうか。さっそく動いてくれた広告代理店の打診に対するJR東日本の答えは当初、「実現は難しい」だった。

それまでJR東日本と交通広告で強い関係を築いてきたわけでもない。どこかの駅とメーカーで前例があるわけでもない。とはいえ、新奇なアイディアをJR東日本に投げかけただけでも、何か得たものがあるはずだ。

そう思っているうちに冬になった。年が明けた2023年1月、突然代理店から電話が入った。「JR東日本さんが神田駅の発着メロディについて前向きに検討したいそうです!」。

「やった!」。夢物語も口に出せばかなうのだ。

しかし新しい夢がかなえば、もっと大きな夢を見たくなる。JR東日本との本格的な会議、その2回目でさらに大きな提案をすることになる。

「神田駅のネーミングライツを取得したい。神田駅の東西南北口も商品名にしたい」

副駅名をつけるのは1カ月ほどでOKをもらえた。しかし問題は東西南北口を商品の名前にすることだった。

出口の看板は神田駅から伸びる中央通りや靖国通りなど、道路の目印としても使われている。さらに周囲の会社や商店は「神田駅北口徒歩2分」など、出口を案内の目安に使っている場合も多い。乗降客の混乱を招く恐れもあるのだ。

JR東日本の回答はなかなかなかった。が、ようやく3月頃に決着がついた。神田駅構内から出る乗客が最後に目にするのは、今までと同じ出口名と通りが表示されている黄色い看板だ。ただし、ほかの構内の看板にはアース製薬の商品名がついた出口の名前が表示される。ここで古くからの駅名とアース製薬の商品名が並列することになった。昔からの「北口」と新しい「モンダミン口」が一緒に表示されたのである。

副駅名は「アース製薬本社前」

決まってからは副駅名のネーミング、東西南北口の商品決定、どちらもスムーズに進んだ。あたかも最初から決まっていたかのように、すとんと決まった。

副駅名は「アース製薬本社前」。神田駅の目と鼻の先にあるとはいえ、決して駅前ではない。「東京メトロには”三越前”がある。でも、本当に”前”だからなあ」、「でもここは江戸から栄えている街、神田ですよ。江戸前なら”前”は”付近”という意味だから、神田駅は”アース製薬本社前”で合っている」。副駅名はそんな会話の中で決まった。そして東西南北口は、アース製薬に一番近い北口はメロディにもなっているモンダミン、そして商店が多い西口には癒しを感じさせるバスロマンなど、自然と決まっていったそうだ。

しかし、うれしい楽しい面白いばかりですむ企画ではなかった。駅に関わるということは、街全体に関わるということだ。広告代理店も含め、誰も経験をしたことがない仕事を進める中で、用意しておかなくてはいけなかった準備や対応ができていなかったことを痛感する。「JR東日本からご紹介いただいた神田の各町内会の会長さんたちに助けていただいたり、駅と区では行政区分が違っているので申請が煩雑だったり、感謝と勉強の連続でした」と貴島氏は言う。

こうして、やっと迎えたJR神田駅がアース製薬一色になる10月2日がやってきた。実は1週間前から新看板は設置されていて、駅名や出口名がテープで隠されていたのだそうだ。そのテープがはがれる日を心待ちにしていた。

そして当日、山手線発着と共に流れる「お口くちゅくちゅモンダミン」を聞き「ああ、本当に流れている」と感無量だったという。

社内の評判はもちろん良い。嬉しい、誇らしい、驚いた、そんな声に加えて「普段は神田駅を使っていないけど、今日はモンダミンのメロディを聞いて帰る」そんな社員もいたそうだ。加えて、神田・日本橋付近には同業他社も多い。業界内でのうれしい褒め言葉も多く、貴島氏も笑みがこぼれる。

評判の次に気になるのは費用対効果である。「われわれはそういう考えはしていないんです」。まずは神田駅とコラボをすることで、たくさんのPRをメディアにしてもらえた。それだけで効果があったと考えている。そして5年の間、できるだけ多くの人に「神田駅ってモンダミンの歌だよね」「モンダミンの会社ってアース製薬だったんだ」と知ってもらえればいい。さらに言えば、お金には換えられないものも効果として考えている。それはアース製薬が神田に根づき、社員も、関わってくれる会社の方も、街の方も全員で一緒に楽しんでモチベーションアップしていける。「それが一番の費用対効果です」と貴島氏はうなずく。

「やりたいことをやってみる」

貴島氏に話を聞くなかでよく出てきたのが「がんばっているうちに結果としてそうなった」、「狙っていたわけではないけれども良い結果が得られた」という言葉だ。費用対効果の話もそうだが、「あれが欲しいから、これをする」という理屈ではなく、とにかくやりたいことをやってみて結果が良ければいいじゃないか、そんな気概を感じる。

会社全体にそういう空気が流れているのだろうか。貴島氏に尋ねてみると、少し考えたあとに「川端克宜社長、でしょうね」と言った。社内のコミュニケーションを円滑にしたい、そこから生まれるチャレンジを大切にしたいという考えの社長が、会社を引っ張ってくれていると力強く言う。

今は変化の時代だ。朝イエスだったものが夜にはノーかもしれないし、逆に今回のように最初はノーでも最後には大きなイエスをもらえることもある。どこに落ちているかわからない変化を捕まえるには、社員一丸となったコミュニケーションが必要だ。

会社では毎週のできごとを報告するシステムがあるが、社長はそれに目を通し覚えていて、エレベーターや廊下で社員と会った時にレスポンスをくれるそうだ。そんな社長のコミュニケーションは、最大級だと思う、と目をキラキラさせて教えてくれた。

コミュニケーションが円滑で、社長から新入社員まで社内を横断してものが考えられるから、朝から晩までアンテナを立て続けて面白いアイディアをどんどん産んでくれる。神田駅では、最初の1週間、駅構内にお礼のメッセージ広告を提示した。

「これからもよろしくお願いしアース!」。例えば、こんなメッセージひとつとっても、コピーライターが考えたものではない。社内のSNS担当が面白がってつぶやいていたものを、そのまま採用した。

モンダミン誕生の歴史と似ている

最後に、読者の皆さんはモンダミンの歴史をご存じだろうか。1980年代、まだ日本に口内洗浄液というものが存在しなかった時代である。当時の社長がアメリカの口内洗浄液を使ったオーラルケアに着目し売り出そうとしたが、最初は簡単に受け入れてはもらえなかった。

しかし、あきらめなかった。発売から5年、今度は洗浄効果を中心に開発をし直し、その効果を前面に打ち出したところ、売り上げは急拡大。日本人に新しい生活習慣を提案し、口内洗浄液といえばモンダミンという商品名を世間に知らしめた。このロングセラー商品が歩んできた道と、今回の神田駅のコラボが筆者には重なって見える。

最初は断られた。しかし機を見つけた瞬間、パワフルに方向転換して大きく進んでいく。そんなことを考えながら、神田駅で聞くモンダミンのメロディが、今日も駅を通る人たちに勇気を与えているのではないかと思うのだ。

【さとう ようこ : ライター、宣伝プランナー】