JRAは15日、現役最高齢のジョッキー、柴田善臣騎手(60)が現役引退することを発表した。16日に会見を行う。18日付で騎手免許を取り消し、引退式は11月1日に東京競馬場で行われる予定。引退後はJRAのアドバイザーに就任する。

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ここ数年、金曜朝のコラム取材は電話へと変わってていた。日課である犬の散歩を終え、ひと息ついた時間を見計らって携帯を鳴らす。ある日の取材で、ヨシトミさんはこんなことを言っていた。「周りの人間に助けてもらいながら騎手を続けられているって今、あらためて実感している」。若き日は騎乗依頼が届くだけ、レースに乗った。少なからず、無理もした。騎手生活の終盤は体のメンテナンスが調整の上位にあった。

多趣味で知られるヨシトミさん。取材中も話題は多岐に渡った。小さい頃は野球少年。セカンドを守り、時にマウンドに上がることもあった。「(バスケットボールの)千葉ジェッツの試合を見てきたよ」「(パリ五輪の)フェンシング、すごいよなあ」。一回りも二回りも若いアスリートの活躍は刺激でもあり、活力になっていた。

左肩腱(けん)板断裂で休養中だった25年2月26日。美浦トレセンにヨシトミさんの姿があった。聞けば、石毛元師ら、引退調教師にあいさつに来たのだという。誰かが言った。「早く引退して、ゴルフ行こうよ」。また、誰かが言う。「生涯現役ですよね」。久々の重鎮登場に、周囲が軽口をかわしていた。年上からも年下からも慕われ、まさに“相談役”だった。

輪が解けた後、私は(中央競馬担当から他部署へ)異動の報告もあって2人で立ち話をした。私にとっても“相談役”になってくれた。当時の何げないひと言は偽らざる本音だろう。

「そりゃあ、需要がなくなったらしょうがないけどさ。なんだかんだ、馬乗りが好きなんだよなあ」。日刊スポーツで週末の開催日にコラムが掲載されるようになって30数年、退社された先輩記者、亡くなった先輩記者も、みんなヨシトミさんのことを応援していたと思う。

言わずとも、一番好きなのは騎手という仕事。体をいたわりながら続けた42年間の騎手生活。本当に本当にお疲れさまでした。【11~25年競馬担当=松田直樹】