ミラノの歴史地区を走るトラム。「ブラボー! ミラノ」は今回が最後。また、どこかでお会いしましょう
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イタリアは6月が卒業シーズン

 イタリアは6月は卒業の季節。欧米の学校は9月に始業し6月に終わる。考えてみればこれはとても合理的な方法で、せっかく1年間勉強してきたことを長い夏休み中に忘れずにすむし、小学校、中学校、高校の進学前の夏休みは宿題もないので思いっきり遊べる。

 日本も明治時代に欧米の学校制度を取り入れた時には9月始業だったそうだけど、4月の始業なんて桜の木の下で記念撮影できる以外のメリットはなんだろう?

 というわけで、2013年4月からお世話になってきましたこのコラムも今回が最後。有り体に申すなら、ご卒業であります。

5歳で小学校13歳で中学卒業

 そんな我が家にはもうひとり、卒業になる方がいる。現在13歳(来月で14歳)の娘。イタリアでは中学を卒業する。

 「13歳で中学卒業?」。日本的には不思議に思えるだろう。毎週土曜日にミラノまで通っている日本人学校補習校では日本の学年を採用しているので現在は中学2年生。

 一方、イタリアは5歳の秋に小学校が始まり、小学校は5年間なので、13歳で中学が終わる。

 イタリアでも小学校と中学校は義務教育。ただし、日本と異なるのは、中学は1年目から落第があることだ。

 在学中、試験は定期的にあり、ふだんから筆記と口頭試問が実施される。口頭試問は小学校からあって、生徒がどれだけ理解しているか、自分の言葉で答えさせられる。ゆえに、必ずしも教科書の記述通りでなくても言い換えをしてもかまわない。

中学から落第制度も問題出ない

 「落第」と聞くと日本では「大学、ダブった~」みたいな怠惰で落ちこぼれ的な印象を受けるけど、イタリアでは幼稚園でも、その子供の学習具合で先生が親と相談して「もう1年、幼稚園にいた方が小学校に進んでから困りませんよ」みたいなことはよくある。大きくなってから移民してきた子供のケースでは顕著だ。ゆえに、同じクラスにいても年齢の違いは問題にはならない社会である

 さて、娘の中学の学期末試験。5月に授業が終わると6月初めからは筆記試験が始まる。この結果次第で落第組は即確定。娘の中学は全校生徒が約250人。このうち1年生で5人、2年生で3人、3年生で4人が落第決定したらしい。筆記試験の結果は学校の入口に貼り出されるそうだけど、日本でやったらモンペ(モンスターペアレント)から「子供のジンケンガー!」って言われそうですね。

最大の難関は口頭試験

 さて、卒業試験とはどんなもんかというと、国語(イタリア語)と英語、第二外国語(娘はフランス語)の小論文(作文)。これは3つのテーマから選んで書く。

 もうひとつがヨーロッパ共通テスト。数学とイタリア語をマークシート方式のテストで行い、毎年のように「イタリアは学力で欧州最低!」と新聞のネタにされている(苦笑)。

 最大の難関は、口頭試験だ。各自で決めたテーマを全ての教科と関連付けてパソコンソフト「パワーポイント」を使ってプレゼンするとうもので、公開テストになっている。さすがに娘も親の入室は頑なに拒んだので僕は廊下で聞くことに。教室内には数名のクラスメートが“応援“に来てくれていた。

浮世絵、大震災からエノラ・ゲイまで

 娘のテーマは「GIAPPONE(日本)」で、全教科の先生が鎮座している。そして、美術の先生向けには「浮世絵と欧州」をテーマに、フランス語の先生には「フランスと日本文化」について、イタリア語の先生には「2011年東北大地震」、歴史の先生には「日本と太平洋戦争」、さらに音楽の先生には広島に落とされた原子爆弾を積んでいた飛行機を歌ったOMDのヒット曲「エノラ・ゲイの悲劇」(かつてのテレビ番組「CNNデイウォッチ」のテーマ曲)をギターを弾きながら歌う。

 さすがに教育者だけあって、先生たちは未知の国「ニッポン」に対して興味津々。地震について日本の耐震構造にふれれば「その建物は壁が大切なの、特殊な部材があるのか?」となり、「イタリアのニュースでも使われるTSUNAMI(津波)は日本語である」と話せば「それはどういう語源なの?」となって、さらには「エノラ・ゲイの悲劇」では40代、50代の先生たちも「ああ、これは80年代のディスコではよく踊ったよなー」と大合唱。

 3年間、毎日顔を見合わせていた先生たちとはいえ、13歳の子供にとって大人の前で自分の意見を発表する精神的な負担は大きい。しかし、イタリアの学校では、口頭試験なしには何事も進まない。こうして、人前でも自分の意見をしっかり言える人間になってくれるならば、親としては嬉しい限りだ。

アリベデルチ私もこのコラム卒業です

 かくして娘の中学3年間は終わり、僕の日刊スポーツコラムの4年間も終わります。読者の皆さん、長い間、お付き合いありがとうございました。アリベデルチ、また会いましょう。(イタリア・ミラノ在住・新津隆夫。写真も)