【箱根駅伝2027〜東海大の改革】「スピード軍団」復活へ 名監督がスカウトマンに

19年箱根駅伝で東海大陸上部中長距離ブロックを初の総合優勝に導いた両角速駅伝監督(59)。

3月末に退任して、4月から総監督に就任しました。駅伝界では異例の高校と大学の「2階級制覇」の実績を持ち、先駆的な強化指導で学生屈指の「スピード軍団」を育て上げました。

しかしその後は成績は右肩下がりに。

平成最後の優勝監督が今後担うのは高校生の勧誘。激しさを増す学生駅伝界のスカウト事情を聴きました。

陸上

◆両角速(もろずみ・はやし)1966年(昭41)7月5日、長野県生まれ。東海大三高から東海大に進学。箱根駅伝は1、2年で3区、3年で1区、4年で2区を走った。08年に長野・佐久長聖高を率いて全国高校駅伝優勝。11年4月から東海大陸上部駅伝監督に就任し、17年に出雲、19年は箱根、全日本優勝に導いた。高校時代の教え子は男子マラソン日本記録保持者の大迫傑、大学は日本選手権男子1500メートル3度優勝の館沢亨次らがいる。

2019年箱根駅伝初優勝しゴールテープを切った10区郡司(手前)を迎え歓喜する、両角監督と東海大の選手たち

2019年箱根駅伝初優勝しゴールテープを切った10区郡司(手前)を迎え歓喜する、両角監督と東海大の選手たち

◆東海大学陸上競技部1960年(昭35)に同好会として発足。神奈川・平塚市の湘南キャンパスを拠点に、短距離、中長距離、投てき、跳躍の各ブロックに分かれて活動する。日本学生選手権は過去男子が3回優勝。短距離では高野進(現陸上部部長兼短距離監督)、伊東浩司をはじめ、21年東京五輪代表のデーデー・ブルーノら多くの代表選手を輩出。3大駅伝は出雲4度、全日本2度、箱根1度優勝。OBには12年ロンドン五輪代表の佐藤悠基らがいる。

伸び悩む「スピード軍団」

悲願成就から7年。駅伝界の名将が、引き際を決めた。

新監督にはヘッドコーチから昇格した西出仁明氏が就任。

青く晴れ渡った空の下、神奈川・湘南キャンパスの陸上競技場で、両角氏は今回の監督退任の理由をこう明かした。

「(19年の優勝から)成績が右肩下がりになってしまって、箱根においてはここ数年苦戦をしている状況。1つ、低迷してしまった原因はスカウティングの課題。その部分を私ができる限り担って、現場の指導は西出先生にお願いする形で今の状況をより良いものにしていけたら、と考えた」

新体制となった東海大陸上部、左から佐藤コーチ、高野部長兼短距離ブロック監督、両角総監督、西出駅伝監督(撮影・泉光太郎)

新体制となった東海大陸上部、左から佐藤コーチ、高野部長兼短距離ブロック監督、両角総監督、西出駅伝監督(撮影・泉光太郎)

高校生のスカウトと選手の育成を明確に分担するための判断だった。

両角氏はさらにこう続ける。

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スポーツ

泉光太郎Kotaro Izumi

Kanagawa

神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。