肺がん治療30年のスペシャリスト、国立がん研究センター中央病院の大江裕一郎先生(57)が、最新の肺がん治療を教えてくれます。

【精密医療って何?】

 精密医療(precision medicine)とは、遺伝子情報など詳細な個人の情報をもとにし、個々の患者さんで最適な治療方法を分析・選択し、それを施す医療のことです。がん患者さんの遺伝子の情報をもとに、使用する薬剤を患者さんごとに選択することが実際に行われています。この精密医療が最も進んでいるのが、肺がん治療の領域です。

 以前の肺がんの化学療法は、肺がんを小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分け、それぞれの患者さんに対して同じような抗がん剤治療を行っていました。現在では、組織型の違いに加え、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、PD-L1の発現を調べてその患者さんに最適な治療を施すことが肺がんの標準治療として行われています。

 近い将来には前記の遺伝子変異にとどまらず、次世代シークエンサー(NGS)という最新の遺伝子解析装置を用いて、より多くの遺伝子変異を調べて薬を選択するようになると期待されています。EGFR、ALK、ROS1の遺伝子異常に加えて、BRAF、RET、MET、NTRK、HER2などの遺伝子異常に対して有効な薬が開発中です。

 皮膚のがんの一種である悪性黒色腫の患者さんの約半数にBRAF遺伝子変異があり、このような患者さんには有効な薬があります。肺がんの約1%に同じBRAF遺伝子変異がある患者さんがおり、悪性黒色腫と同じ薬が効くことが分かっています。

 現在は、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子を1つずつ調べなければなりませんが、近い将来、次世代シークエンサーを用いて網羅的な遺伝子解析を行い、肺がん患者さんに最適な薬を選択する時代がやってきます。

 ◆大江裕一郎(おおえ・ゆういちろう)1959年(昭34)12月28日生まれ、東京都出身。57歳。東京慈恵会医科大学卒。89年から国立がんセンター病院に勤務。2014年、国立がん研究センター中央病院副院長・呼吸器内科長に就任。柔道6段。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本体育協会公認スポーツドクターでもある。