「俺がクスリをやるだけだ。他人を傷つけているわけじゃないから、いいじゃないか」。薬物依存者の中には、こうした発言をする人がいる。傷つけているのは“自分自身”だ。

 国立精神・神経医療研究センター「薬物依存症治療センター」の松本俊彦センター長はこう話す。

 「将来、依存症になるかもしれない、いわば萌芽(ほうが)的なものをもっている子どもたちの“根っこ”は、モノに依存してしまうということです。つまり、安心して人に依存することができないのだろうと、私は考えています」

 「安心して」はキーワードだ。もし不安を抱えた状態ならば、相手を試したり、振り回したり、あるいはしがみつくなど、危険な関係に陥りかねない。信頼した中で助けを求めることができる環境を整えることが、薬物乱用の防止につながっていく。

 以前の回で、孤独で閉塞(へいそく)した環境に置かれた「植民地ネズミ」は、自由な「楽園ネズミ」よりも依存症になりやすいことを紹介したが、実験には続きがある。

 「金網で囲まれ、モルヒネ漬けにされた植民地ネズミを、楽園の環境に入れたら、その後どうなったでしょうか。なんとしばらくすると、他のネズミとコミュニケーションを取り始め、モルヒネ水ではなく、次第に普通の水を飲むようになるのです」(松本氏)。

 楽園に戻されたネズミは薬物依存の離脱症状に苦しむが、それも間もなく、普通のネズミとの区別がつかなくなっていく。ネズミの世界における“社会復帰”である。

 「この実験は、薬物依存症から回復するためには、独りぼっちのところに閉じ込めてしまうより、仲間や地域、社会の中のほうが回復しやすいということを示しています。薬物依存症の回復を助ける支援とは、その人を排除し孤立させることではありません。今、海外で言われているのは、『必要なのはアディクション(依存)ではなく、コネクション(つながり)』です」(松本氏)。