ドジャース佐々木朗希投手(23)にとって、世界で活躍する糧となったリリーフ登板がある。
大船渡高2年秋の岩手県大会3位決定戦。勝てば東北大会出場、負ければセンバツ出場が事実上消滅する大一番だった。専大北上に1点差に迫られた8回裏無死二塁から登板。だが、1死後に3連打と押し出し四球で逆転負けの屈辱を味わった。「自分で最後を抑えたいと思った。この悔しさを繰り返さないように、次につなげないといけない」。背中を丸めてうつむき、アゴから汗をたらしながら言葉を絞り出した。
前日の盛岡大付戦で166球完投も敗戦。当日朝に左股関節痛を監督に伝え、先発は回避。「朗希を東北大会に」の声に「みんなのために、できることを何でもやる」と試合中も大声で鼓舞し、三塁ベースコーチや伝令役も務めた。仲間の思いを背負った高校時代の希少なリリーフ経験が、今につながっている。【18~21年東北総局=鎌田直秀】



