新型コロナウイルスにあえいできた今年の日本ボクシング界を締めくくる一戦は、ワクワクする大一番となった。日本選手で初の4階級制覇を成し遂げたWBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔(31=Ambition)に、世界最速16戦目での4階級制覇を狙う同級1位の田中恒成(25=畑中)が挑む。

相撲でいえば横綱の地位を固めた井岡に、スピード出世で番付を駆け上がってきた田中が挑む構図か。結果、試合内容だけでなく試合に至るまでの両陣営の言動まで、実に興味深い。

別日にリモートで行われた会見から、両者は火花を散らした。王者が「レベルの違いを見せる」と言い放った翌日、挑戦者は「直接戦ったら俺の方が強いと思います。世代交代というか、文句のつけようがないKOで決着をつけたい」と返した。井岡には一時代を築き上げた誇りと意地、田中にはその座を奪う絶好のチャンスに燃える気持ちがこもっていた。

かつて、すでに世界王者だった井岡は当時まだ高校生だった田中とスパーリングで拳を交えている。その時のことを井岡は「覚えていない」と言った。練習相手のことはいちいち記憶にとどめない。それよりも世界の舞台で、世界の強豪と戦ってきたという自負があるのかもしれない。

このやりとりで思い起こされたのが94年12月4日に行われた、WBC世界バンタム級王者薬師寺保栄と同級暫定王者辰吉丈一郎の世紀の一戦だった。薬師寺は辰吉のスパーリングパートナーから、いわば成り上がった。戦前も辰吉有利の声が多かったが、魂のど突き合いを制したのは薬師寺。もちろん状況や背景は違うが、注目度や興味においては負けていない。

ともにオーソドックスのボクサーファイター。井岡は大阪の興国高から東農大(中退)、田中も中京高-中京大とアマで実績を残し、プロでもエリート街道を歩んできた。注目の一戦はディフェンシブにもなりがちだが、田中が早い回で仕掛けていくとか、戦略面でも楽しみは大きい。

その楽しみを奪う最大の敵がコロナだろう。実際にこれまでコロナの影響で京口の世界戦や元世界王者高山の復帰戦など試合、興行の中止があった。また大声を出すなどの観戦スタイルがあらためられないとして日本ボクシングコミッション(JBC)が先日、警告を発している。

とはいえ選手、関係者、そしてファンも十分に我慢してきた。両陣営も十分に備えて、戦いに向かっていると聞く。とにかく無事に大みそかを迎えてほしいと切に願う。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)