「世の中、捨てたもんじゃないですね」。東前頭2枚目の伯桜鵬(22=伊勢ケ浜)は、7月に起きた“事件”を振り返り、しみじみと語っていた。名古屋場所中、伯桜鵬が銀行に寄った際の出来事で、用件は50万円の振り込み。「ちょっと支払わないといけない用件があって、振り込んだら口座番号を間違えていて…。全く知らない○○○○ヨウコさんっていう人に振り込んじゃっていて」。本来、振り込む予定だったところから「まだ振り込まれていませんが」と連絡を受け、初めて間違いに気付いた。
「たしかに振り込みを実行する前に、確認の画面になって、見覚えのない名前を見た気がしますけど…。でも、よくあるじゃないですか。会社名じゃなくて、その支店とかの代表者の名前が表示されることって。それだと思って、まさか自分が口座番号を間違って入力しているとは思わず、振り込みを実行しちゃったみたいです」。
○○○○ヨウコさんの漢字表記すら知らない。通帳に刻印されたカタカナの名前を確認し、伯桜鵬は女性と推測。ただ例えばボクシング元世界王者の具志堅用高氏のようなパターンで、最後の「ウ」が通帳では反映されていない、相手が男性のパターンもある。そんなことまで考えながら、その間、寝ても覚めても○○○○ヨウコさんの存在が、伯桜鵬の心を奪っていた。
「名古屋場所の序盤(2勝3敗と)、あんまり成績があがらなかったのは、そのせいかもしれないですね(笑い)」。今でこそ笑い話にするが、あながち外れてもいないと自認する。何とか心に折り合いをつけて「50万円は痛いけど仕方ない」と、思うようにした。
秋場所3日目の取組後に「振り込まないといけない金額は50万円だったんですけど、実際に振り込んでいたのは5万円でした」と、口座番号だけではなく、金額も入力を間違っていたと明かした。ただ、それが判明するまでの2カ月近く、伯桜鵬の胸中にはさまざまな感情が去来した。そんな胸中を、振り込んだ金額が50万円と思い込んでいた、夏巡業中の8月に語っていた。以下は夏巡業中に語った言葉や出来事だ。
8月上旬に銀行から電話がかかってきた。「○○○○さんが『返金したい』とおっしゃっているのですが」。伯桜鵬は「たしかに相手にとっても怖いですよね。見ず知らずのオチアイテツヤ(落合哲也=本名)なんていう人から突然、50万円振り込まれていたら。使っちゃって、後から何を言われるか分からないと思ったら」と、ヨウコさんの心情を推測した。
「最初は嫌でしたよ。『めっちゃ損した』って思いました」。銀行からの電話に1度は喜んだが、説明を受けると、帰京して各種手続きが必要。夏巡業の真っ最中で、離脱するわけにもいかないので「僕が間違えたんで『あげます』って言いました」。銀行から「本当にいいんですか?」と返されたが「あげます」ときっぱり。すると翌日、再び銀行から電話がかかってきて「○○○○さんが『恐れ多い』『怖すぎます』と、おしゃっていて」と、断固として受け取りを拒否したと伝えられた。「結局、自分の母親が代わりに行って手付きをすることで、返金されることになりました。○○○○さんが、めっちゃいい人でよかったです」。
力士のイメージ通りに気前が良い伯桜鵬だが、内心は「めっちゃ焦ってたっすよ。『マジかよ!?』って。もう、サギかと思ったっすよ」と、おそらく相手の方が思ったであろう感情を抱いていたという。当然、相手はオチアイテツヤが、力士であることも知らない。「いやぁ、○○○○ヨウコさんにはやられたっすよ。いや、オレが勝手にやったんですけど(笑い)」。そんな背景がある中、名古屋場所8日目に、横綱大の里から初めて金星を挙げた。「金星を取っていたから払えましたけど、取っていなかったら払えなかったですよ。ギリギリのカツカツでした」と、もはやネタのようにして話していた。
母が返金手続きを行った際に、振り込んでいたのは5万円だったと判明した。それでも「もう一生忘れない名前ですよ。○○○○ヨウコ。漢字で見てもピンとこないけど」。今回は伯桜鵬のミスで起きた“事件”で、結果的には、けっして高額ではない5万円の振り込み間違い。ただ世間には似たような手口の特殊詐欺が起きる可能性もある。そんな世知辛い現代だからこそ、実直な○○○○さんの対応が心に染みたようだ。
「いつか『ありがとうございました』と言いたいです。『オチアイテツヤは僕です』と言いたい」。これをきっかけに、○○○○ヨウコさんが伯桜鵬を、そして大相撲を応援している未来が訪れたなら-。一段と「世の中、捨てたもんじゃない」と思うに違いない。【高田文太】


