横綱白鵬(31=宮城野)が、新関脇正代(25=時津風)を引き落とし、新年の第1歩を踏み出した。昨年夏場所の初対戦や本場所前の稽古で圧倒し、対戦前から相手の戦意を喪失させていた。横綱昇進後、天覧相撲は負けなしの5連勝とした。
白鵬の出足は低く鋭かった。踏み込みが甘い正代を左のど輪で起こし、冷静に引き落とした。「勢いのある新関脇だからね。しっかり当たっていこうと思った。体も反応もいい」と手応えは十分。実は、土俵に上がる前から、優位に立っていた。
初めて正代と対戦したのは、昨年夏場所4日目。立ち合いで右の張り手を浴びせた。たまらず体勢を崩した正代を、送り込んで押し出した。ほとんど体を触らせずに圧倒した。
11月の九州場所で11勝を挙げた正代は、敢闘賞を受賞し、新関脇に昇進。勢いが増してきた新鋭に対し、白鵬は先月の稽古総見で稽古相手に指名した。10番取って全勝し、再び力の差を見せつけた。初日の取組が決まった後、正代は「え~」とのけ反って「ケガなく生還したらいいんじゃないですか」と言ったほど。この時すでに、勝負あり。この日の取組後、正代は腰が引けていたことを打ち明けた。
3年連続となった天覧相撲。白鵬は取組を終えて花道から引き揚げる時に上を見た。「何かしゃべってましたね」と天皇、皇后両陛下を眺める余裕があった。天覧相撲は5連勝。「立ち合いで圧倒していい相撲が取れた」と満足気だった。
正代の印象を聞かれると「物足りないというか。一番一番やってるうちに伸びてくる」と横綱の目線で言った。今場所も優勝を逃せば横綱昇進後初めて4場所連続となるが、危なげなく滑り出した。今年一番の目標にする、魁皇の歴代最多1047勝まで残り38勝。新しい挑戦への幕開けの年が始まった。【佐々木隆史】
<天覧相撲アラカルト>
◆江戸時代 徳川将軍が観戦する「上覧相撲」と呼ばれた。
◆天覧相撲 1868年(慶応4)4月17日に大阪坐摩神社で行われた京都相撲が始まり。
◆観覧 昭和天皇は本場所40回を含め51回も観戦。平成ではこの日が3年連続22回目。
◆作法 この日が5回連続で幕内後半からの天覧相撲になったが、以前は幕内前半戦からあった。天覧相撲ならではの御前掛(ごぜんがかり)は07年初場所13日目が最後。天覧席に尻を向けぬよう一礼後、隊列で四股を踏む土俵入り。
◆敬語 通常は立行司が結びの触れで「この相撲一番にて本日の打ち止め」と発するが、天覧相撲では「打ち止め」が「結び」。陛下に対し敬語を使うためとされる。
◆相性 元大関霧島(現陸奥親方)は、84年秋場所から96年初場所まで14戦全勝。横綱在位中では大鵬5勝3敗、北の湖9勝3敗、千代の富士は11勝2敗、貴乃花4勝3敗。
◆現役 日馬富士、白鵬と稀勢の里、琴奨菊の4人は6勝2敗。鶴竜は3勝3敗の五分に。4戦全敗だった豪風は初白星を挙げた。

