両腕を上げて、片足をひょい。大阪・ミナミの道頓堀の戎橋では今日も、観光客がおなじみのポーズでカメラに納まります。背後に輝くのは「道頓堀グリコサイン」。大阪を訪れた記念の一枚がSNSを通じて世界へ広がります。その広告価値は、どれほどなのでしょうか。
江崎グリコによると、地元商店街の集計では、道頓堀の通行人は1日平均7万~8万人に上るといいます。近隣の大型ビジョンが公開している広告料金を参考にすれば、年間数億円規模の広告媒体費に相当するといいます。
ただ、その価値は広告枠の料金だけでは測れません。大阪を紹介するテレビや新聞への登場、観光客によるSNSでの発信。広告を見に来たわけではない人が、広告を背に写真を撮り、自ら世界へ届けていく。大阪の風景になった看板ならではの広がり方です。
原点には、創業者・江崎利一の広告に対する信念があります。
同社がその考え方を説明するために上げたのは、バス広告のたとえです。大阪市内に2000台のバスがあるとして、100台に広告を出すのと、2000台すべてに出すのとでは、人々に残る印象が違います。「この間も見た」が「また見た、また見た」に変わります。広告は単なる足し算ではなく、一定の水準を超えると大きな力を持つという発想でした。
生活を切り詰めても、広告費は削らなかったという創業者。1935年(昭10)、大阪の繁華街・道頓堀に初代の巨大看板が登場しました。繰り返し人の目に触れ、記憶に残る。その積み重ねによって、90年以上を経た今、「大阪といえば、あの看板」と思い浮かべられる存在に育っています。
「90年以上にわたってずっと続け、積み上がってきたブランド価値、資産は非常に大きい。それゆえ、われわれも手放すことなく、看板を大事に守ってきたし、守っていこうと思っています」
同社は看板を7代目に刷新すると発表しました。14年10月に設置された6代目は、部品調達が年々難しくなったことなどから11月30日で掲出を終え、12月から工事に入ります。7代目は27年春に点灯する予定で、おなじみのランナーは引き継がれます。
もっとも、看板が知られることと、会社が理解されることは同じではありません。同社は海外では、マークの認知が、グリコが何をする会社なのかという理解に十分つながっていないとみています。7代目以降は企業としての姿も伝え、海外のビジネスにつなげたい考えです。
年間数億円規模という物差しだけでは測れない「大阪の顔」。「また見た」の先に、「どんな会社だろう」を生み出せるか。7代目のランナーには、次の挑戦が待っています。
【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)




