お笑いコンビ、錦鯉の長谷川雅紀(55)が10日放送のテレビ東京系「二軒目どうする? ~ツマミのハナシ~」(土曜深夜0時55分)に出演。地元が同じお笑いコンビ、タカアンドトシについて語った。
この日は、番組開始10年目を記念して平日夜に放送されていた「乾杯WEEK特別編」の未公開トークが放送された。
松岡昌宏は「失礼だったら申し訳ないんですけど」と前置きし、「僕が初めて札幌の芸人さんで『うおっ、芸人さんが来たのか!』と思ったのがタカトシのお2人で。『すげぇ』っていう中で、ぶっちゃけそういう時ってどういうことなんですか? 悔しいのか、すげぇなーなのか」と質問した。
すると長谷川は「僕は素直にすごいなだったんですよ。あんまり…嫉妬心というか、なにくそとか、後輩に抜かれたりとかしても、そういう気持ちがあまりなかったんですよね。ちょっとあきらめかけていたというか」と打ち明けた。
博多大吉が「当時のことはあんまり知らないけれど、タカトシはやっぱり札幌吉本でもちょっと売れていたというか」と聞くと、長谷川は「そうです。もうタカトシはエリートだったんで。札幌の吉本ができる前から2人で、何も発表する場所もないのに2人でビデオ撮って漫才をやってっていうのをもうすでにやってたから」と話した。
そして「だから札幌吉本ができるってなった時に、他の人はそこからネタ作ったり練習始めるけれど、タカトシはもう既に出来上がっていたというか。だからみんなより一つも、二つも頭飛び抜けていて、やっぱりエリートだったんですよね」と説明した。
大吉が「先にタカトシが上京したんだよね?」と聞くと、長谷川は「そうですね、たぶん順番的には」と答えた。大吉は「あっちゅう間に売れてね。もちろん苦労もあっただろうけど」と語った。
大吉が「それ見て、負けられないって上京した感じ?」と尋ねると、長谷川は「負けられないっていうわけもないんですけど。そういう野心的なものも僕あまりなくて、性格的に。当時の相方が『東京でやろう』って言って、吉本を辞めて東京に上京したみたいな形だったんですよね」と振り返った。
東京にツテもなく、ネットもない時代だったので雑誌「ぴあ」を見ながら、ライブやオーディションの情報を得て、ライブに出ていたと明かし、「そんなのを繰り返してるうちに今の事務所に引っかかったっていう感じですね」と説明した。



