二階堂ふみ(32)が16日、東京・新宿ピカデリーで行われた、小八重葵美(13)とのダブル主演映画「わたしの知らない子どもたち」公開記念舞台あいさつに登壇。この日、登壇した小八重と羽山由一郎(13)小林丞之介(14)渋谷そらじ(8)から質問攻めに遭い「すごく、汗をかいてきました」と焦り、笑った。。
「わたしの知らない子どもたち」は、西川美和監督(52)5年ぶりの新作映画で、同監督が原案・脚本・監督を務めたオリジナル作品。小八重が演じた戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・茅野琴子が、生き延びるために自らの性別を隠し“少年”として生きることを選んだ物語。二階堂は、琴子の疎開先の教師で戦後、帰京した琴子の消息を探る曽根文美子、羽山は琴子とともに生きる将吉、小林は小山、渋谷はマー坊を、それぞれ演じた。トロント映画祭(カナダ)唯一のコンペティション部門・プラットフォーム部門のオープニング作品に日本映画で初めて選ばれた
この日、登壇した大人の二階堂と西川監督に、子役たちが質問するコーナーが設けられた。小八重は、フリップに「人生に影響を与えた役」と書き「この映画をきっかけに考え方が変わってきて。二階堂さんはありますか?」と聞いた。二階堂は「私にとって、今回の作品は人生、生き方で(影響が)ありました。今回の題材で、子ども対大人、というのがあった。私も、現場で1番の新人の立場で関わって生きてきた。今回、大人なんだと自覚を持った作品。今の自分に大きく作用した作品です」と答えた。小八重は「そう思います。いろいろな人が考え方も変わると思うし、どの世代でも見られる戦後の映画を、西川監督が作ってくれたと思うと、関われて良かった。これからも、たくさんの方に届くのが楽しみです」と期待した。
羽山はフリップに「泣くシーン」と書き「僕は苦手で、どう演じていますか?」と聞いた。二階堂は「私にとって、映画デビューの監督でもあって、生涯をかけて恩返しをしたい方」と08年の映画デビュー作「ガマの油」で映画初監督を務めた役所広司(70)からの金言を紹介。「現場に入る前、リハーサルをたくさんやって一通り、終えて『泣くシーンは、どうしたら良いんでしょうか』と聞きました。『泣くのは難しいよな。でも、泣くことが大事ではなくて、1つ、1つのシーン、人生に向き合えば、涙が出るかも知れないし、出なくても答えだと思うよ』と。そのキャラクターが、どういう感情か、台本を読んで毎シーン、大事に演じるようにしています」と答えた。
「幅広い演技」とフリップに書いた小林からは「いろいろな役、演技をやっている方だと思っていて。違う演技、感情が必要な役が来た時、どうやったら伝えられるか?」と質問が出た。二階堂は「いろいろな先輩方とご一緒して、いろいろなお芝居を見せてくれ、背中を見て学んできたんですけど、大事なのは1人で作るわけじゃない。俳優部として入っている、そう考えると自然と感情が、そこに乗ってくるようになった。皆で一緒に作っている考え方が、お芝居を作ると思う」と答えた。
最年少の渋谷からは「一緒のシーンがなかったんだけど知ってる?」と質問が…。二階堂は「知ってるよ。子どもたちのことは、現場に行くたびに聞いていた。スクリーンで頑張りを見ていました」と笑顔で答えた。この日、登壇予定だった、青森役の岩田龍門(19)はインフルエンザで欠席し、手紙を寄せた。
◆「わたしの知らない子どもたち」 戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・茅野琴子(小八重葵美)は、生き延びるために自らの性別を隠し“少年”として生きることを選んだ。進駐軍相手の慰安施設や路上売春が広がる時代の中で、少女であること自体が危険となる現実から逃れるための決断だったが、音楽家の父孝一(竹野内豊)のもとで穏やかに暮らしていた琴子の人生は、敗戦によって一変し「自分自身を手放す」という過酷な選択を迫られる。一方、かつて琴子が疎開した学校の教師・曽根文美子(二階堂ふみ)も、戦時中は軍国主義教育に加担していた側だったが、敗戦によって信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされていた。



