ぼくは今75歳。56歳で院長を引退し、2つのNPOの代表になりました。自分のやりたいことをやろうと思ったのです。それもまた次世代へのバトンタッチを考え、75歳で代表を降り、顧問になりました。
13年前の東日本大震災の時は、被災地へ継続的に通い続けました。でも能登半島地震では、同じように活動するのは体力的に難しいと感じていました。それでも被災地の人たちから、鎌田先生ぜひ来てくださいと請われると、応えないわけにはいきません。
2月中旬、医師や看護師とともに、石川県輪島市の門前町に支援に行きました。歴史ある街並みが大規模な被害を受け、痛々しい風景が広がっていました。避難所で炊き出しを手伝い、医療相談を行いました。
ボランティアの宿泊所として、日本酒メーカー「神戸酒心館」の山荘をお借りすることができました。部屋割りを決めるとき、ぼくは睡眠時無呼吸症候群のため、いびきをかくことを打ち明けました。すると70歳前後の3人が自分もと名乗り出て、それなら一部屋はいびき部屋にしようということになりました。妙な連帯感が生まれ、いびきをかく者どうし遠慮せずよく眠ることができました。
・多様な活動
シニアボランティアたちの活動はなかなかのものでした。炊き出しをする人、倒壊家屋の整理のお手伝いをする人、断水したトイレに水を引き込むシステムを作った高齢者までいました。そして最年長は、ぼく。
生きている限り、困っている人にほんのちょっと手を差し伸べることが大事。絆ホルモンが出て、抗酸化作用が働き、老化の進行を防ぐ効果が期待できます。

