最後に音楽にこだわった人たちもいました。

家族関係がうまくいかず、ひどい目にあわされていた環境から自立をし、自分の店を持って、小さな成功を残して、そして逝きました。「家族は呼ばなくていい」と彼女。数人の友達が彼女を支えました。最後はエディット・ピアフの「水に流して」をかけてほしいというので、枕元に何度もこんな歌詞が流れました。

「私はなにも悔やんではいない。人が私にしたよいことも悪いことも、みな私にとっては同じこと。恨みつらみを全部水に流して、捨ててしまおう……」。最後の顔は穏やかでした。

【また逢う日まで】

ぼくの妻の父はクリスチャンでした。肝臓がんの末期で亡くなるとき、「讃美歌を歌いたい」と言い出しました。病院のドクターや看護師さんのなかでクリスチャンの人たちに声をかけて、集まってもらいました。彼が歌いたかった歌は「また逢う日まで」。歌が大好きでした。最後は「また逢うその日まで」と、朗々と大きな声で歌い、息を引き取りました。

【坂田明のひまわり】

ぼくが亡くなるときは、ぼくがプロデュースした「ひまわり」(坂田明)をかけてほしい。葬式では、若くして亡くなったアメリカのロックシンガー、ジャニス・ジョップリンの「サマータイム」と家族に伝えてある。死ぬ間際、最後に残るのは聴覚と言われている。なんとなく遠くで大好きな曲が聞こえたら、いい気持ちであの世に逝けるのではないかと勝手に考えています。