リオデジャネイロ五輪が閉幕してから、間もなく1年が経過する。現地は今、どうなっているのか? 実は競技施設のほとんどが、その後有効活用されていない。五輪開催前からレガシー(遺産)としての後利用が懸念されていたとおり、問題は山積している。ブラジル在住のエリーザ大塚通信員が7月21、22日にかけて主な五輪施設を回り、五輪公園などの施設の今をリポートする。


■エリーザ通信員が見た1年後


 主なところを駆け足で回ったが、感じられたのは治安の悪化。特にデオドロ地区は怖く、タクシーでも行けたが、運転手を雇って、写真を撮影する時は必ず近くにいてもらった。リオ市では、今年に入ってから7月22日の時点で90人の警官が殺害されていた。翌日、自宅に帰ると、91人に増えていた。

 もともと行政に資金がなく、首長レベルでの汚職も多い。五輪施設ごとに国なのか、州なのか、それとも民間なのか、管理団体がはっきりしないことも多く、レガシー活用の議論が進まない。施設はそれほど老朽化が進んでおらず、バーラ地区の五輪公園は思ったよりもきれいだった。やはり問題は、いかにレガシーを有効活用するかにかかっている。

 20年東京五輪は、どうなるだろうか。私は日本人だったら大丈夫だと思っている。ブラジル人から見ると、例えば新国立競技場も建設費が高すぎるという指摘があってから結局は変更に転じることができた。治安もいいし、日本人は真面目で信用できる人たちという認識。ブラジルみたいにひどくはならないでしょうね。(エリーザ大塚通信員)


●デオドロ地区●リオデジャネイロ西部に位置し約6万人の軍事関係者が集中する地域でもある。

・危険<ユースアリーナ>

 バスケットボールや近代5種のフェンシング会場でもあった。しかし、五輪後は閉鎖されたまま。コンクリートブロックで、会場へ通じる道が閉ざされている。

バスケットボール会場などに使われたユースアリーナへ通じる道は閉鎖されている
バスケットボール会場などに使われたユースアリーナへ通じる道は閉鎖されている

・閉鎖<五輪公園>

 週末も含めて常に閉鎖されたまま。運営していた民間企業との契約期限が切れた昨年12月から進展がない。公園前で売店を営むシルレイ・サントスさん(49=写真右)は「悲しいわ。やっと完成したのに、私たち市民は入ることができないのよ。公園はみんなのものだって市長は言っていたのに…。五輪が終わったら全部放置されたわ」とぼやくばかり。

デオドロ地区にある五輪公園は封鎖されている
デオドロ地区にある五輪公園は封鎖されている
デオドロ地区の五輪公園前の売店で働くシルレイ・サントスさん
デオドロ地区の五輪公園前の売店で働くシルレイ・サントスさん

●バーラ地区●メイン会場となる五輪公園や選手村など14施設が集まっている

・高額<五輪ゴルフコース>

 リオ五輪で112年ぶりに五輪競技に復帰した。現在、毎日使用されている唯一の施設でもある。しかし使用料が410レアル (約1万4000円)と高く、富裕層しか使えない。

リオ五輪ゴルフコースは、五輪後に一般開放されている
リオ五輪ゴルフコースは、五輪後に一般開放されている

・幽霊<選手村>

 約1万8000人も収容し、施設内には7万2000平方メートルの緑地がある。だが、今も工事が続いていて、入り口はふさがれている。9月から分譲マンションとして入居が始まるが、売れたのは10%未満という。今はゴーストタウンのようで、物件への問い合わせ先に電話してもつながらなかった。

リオ五輪の選手村。五輪後はマンションとして分譲されるがほとんど売れず、まだ入居が始まっていない
リオ五輪の選手村。五輪後はマンションとして分譲されるがほとんど売れず、まだ入居が始まっていない

・火災<リオ五輪ベロドローム>

 自転車競技の会場に使われたが、現在はほとんど使われていない。トラックはシベリア産の木材を敷き詰め選手にも好評だったが、維持費に金がかかりすぎている。走路の傷みを防ぐため常に冷房が作動しており、スポーツ省によると、今年の電気料金は350万レアル (約1億2250万円)が予定されている。そんな折、7月30日に火災が発生した。祭りの際に空に飛ばすちょうちんのような気球がベロドロームの屋根に引火。施設は使えなくなってしまった。

自転車の競技会場となったリオ五輪ベロドローム。多額の維持費がかかっている
自転車の競技会場となったリオ五輪ベロドローム。多額の維持費がかかっている

・散乱<フューチャーアリーナ>

 五輪ではハンドボールの会場だった。五輪後は解体され、4つの公立学校に生まれ変わることが話題となっていた。しかし、今も会場は当時のまま。会場近くに建材が散乱していたが、作業者は見当たらない。どこの業者が解体を進めるのかすら、まだ決まっていない。

リオ五輪ハンドボール会場となったフューチャーアリーナ。五輪後は解体されて4つの学校になるはずが、現在も建材が散乱したまま
リオ五輪ハンドボール会場となったフューチャーアリーナ。五輪後は解体されて4つの学校になるはずが、現在も建材が散乱したまま

・閑散<五輪公園>

 14施設が集まり、五輪後の選手強化の拠点として期待されていたが、平日は閉鎖されたまま。土日は開放されているが、人はまばら。取材中、バーラ地区では柔道会場だったカリオカ・アリーナでグレイシー柔術の大会が行われ、五輪テニスセンターの練習場で市民が練習している程度だった。

五輪公園内は週末だけ解放されているが、人通りは少ない
五輪公園内は週末だけ解放されているが、人通りは少ない

・露出<五輪水泳競技場>

 プールは移設されたが、建物は放置されている。五輪時、外観は有名芸術家のアドリアーナ・バレジャン氏が描いたデザイン画で飾られていたが、これは取り外され、骨組みが露出している。

五輪水泳競技場。リオ五輪時、外壁はアーティストのデザイン画で覆われていたが、現在は鉄骨がむきだし
五輪水泳競技場。リオ五輪時、外壁はアーティストのデザイン画で覆われていたが、現在は鉄骨がむきだし

■「月に最低1回は何らかの形で使っている」

<リオ五輪組織委広報に現状を聞く>


 リオ五輪組織委員会のマリオ・アンドラーダ広報が、閉幕から1年たった現在の状況を語った。

 ──リオ五輪後、大会施設をレガシーとしてうまく活用できないのはなぜか

 現在、五輪公園はきれいでしっかりと手入れされています。全ての競技場で月に最低1回は何らかの形で使用されています。今後はもっと頻繁に使われるようになるでしょう。若いアスリートたちの刺激になる施設ができて、スポーツの進化につながるでしょう。時間がたてば、人でにぎわうところが見られるでしょう。

 ──マンションとして売り出された選手村はどうなっているのか

 それについては別の担当者に聞いて下さい。私たちは選手村を昨年11月に完成させました。経済低迷の影響を受け、選手村の販売が芳しくないのは知っていますが、それ以上の情報は持っていません。

 ──今後、リオオリンピックのレガシーはどうなるのか

 五輪のレガシーは長く続き、これからのブラジル人アスリート形成において、大きな力となると思います。

 ──東京五輪へアドバイスはあるか

 東京とリオは比べられません。しかし、きっと偉大な五輪となるでしょう。東京五輪は公的資金を求めるという恒例の傾向を見せています。資金はたくさんある。

 ──東京五輪のレガシーはうまく活用されると思うか

 そのようなことを評価するにはまだ早すぎます。また、忘れてはいけないのは、オリンピックのレガシーは、組織委員会の義務ではないし、なりえもしないということです。

 ※この取材は、インターネットメディア「ガゼッタ・エスポルチーヴァ」のエリック・カステレリョ編集長に協力をいただきました。



■20年は既存6割 資材公募も

 3年後の東京大会で重要なカギとなるのが「レガシーの創出」。昨年のリオ大会だけでなく、04年アテネ大会や08年北京大会でも、競技場が「負のレガシー」となっている例は少なくない。膨大な予算をかけた会場が、その後も長い間維持費などで負担になる。

 国際オリンピック委員会(IOC)も頭を悩ませ、14年末に五輪の中長期計画をまとめた「アジェンダ2020」では既存施設の活用や開催都市以外での一部競技実施を推奨している。20年東京大会も、これに合わせて会場見直しなどを進めてきた経緯がある。

 東京大会の競技会場は、6割が既存施設。千葉や埼玉、神奈川など近隣施設も利用する。新設施設についても、建設前から大会後の活用法を視野に入れる。新国立競技場は「収益性」を重視して大会後にサッカーなど球技専用に改修する方向。選手村は付帯施設を整備して分譲マンションとなる。有明体操競技場は仮設ながら大会後10年間は展示場としての利用を予定している。

 また、大会の新たな取り組みとして、資材の公募も決まった。選手村内の交流エリアとなる「ビレッジプラザ」の屋根や床などに使用される木材を全国の自治体から無償で借り受け、大会後は解体して返却する。最初から後利用を考えた資材調達を行うわけだ。

 大会の成功は、開催期間だけでは決まらない。施設などハードとともにソフト面も重要。スポーツ文化が根付けば、新設される競技場などの施設が「無用の長物」になることはない。


(2017年8月16日付本紙掲載)