日本中が沸いたラグビーワールドカップ(W杯)が終わった。9月20日の開幕から1カ月半、初めてベスト8に進出した日本代表の頑張りでファンも急増した。台風被害にあった列島に元気を届けた「スポーツの力」。9カ月後に迫った東京オリンピック(五輪)・パラリンピックへの追い風になる一方で、世界的なイベントならではの課題も噴出した。台風直撃、飲食持ち込み…、W杯からのバトンを、東京大会がどう引き継ぐか。


日本中を興奮に包み込んだラグビーのW杯。大会前は関係者まで「盛り上がるのか」と心配していたが、日本代表が大活躍した。アイルランド、スコットランドを破って4戦全勝で初の決勝トーナメント進出。全国12会場もほとんどが満員になるなど、日本中が沸騰した。ラグビーの魅力を知って、多くの国民がスポーツの力を実感した。

「19年ラグビーW杯から20年東京五輪・パラリンピックへ-」。日本スポーツ界だけでなく政財界まで合言葉のように繰り返してきた。W杯の盛り上がりが、東京大会につながる。単一競技の大会と総合スポーツ大会、全国規模の大会と東京都での大会、異なる点も多いが、世界的な巨大スポーツイベントという点で共通点も少なくない。

ラグビーが盛り上がり、日本のスポーツ熱が高まっている。「応援するのは楽しい」「見ているだけで爽快になる」と、スタジアムに足を運び、テレビの前に陣取る。W杯が終わってからも、すぐ熱が冷めることはない。高まった日本のスポーツ熱が、来年の東京大会で選手の背中を押す。

国際大会として、海外の選手を迎える姿勢も素晴らしかった。試合前の国歌斉唱ではスタンドが一緒に歌った。各地で選手たちは温かく迎えられた。帰国する各チームは「日本は素晴らしかった。感謝している」と絶賛。何人かは来年再び7人制代表として来日する。帰国後、他競技の選手に日本の素晴らしさを伝える選手も少なくないはずだ。

海外のファンも同じ。各地のボランティアが迎え、パブリックビューイングやイベントが行われる「ファンゾーン」では地元の人たちとの交流も盛んだった。スポーツ庁の鈴木大地長官は「ファンゾーンはよかった。地元をアピールしながら海外のファンと一緒に楽しむ。来年の東京大会にもつながる」と話した。

中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー
中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー

「W杯の成功は東京大会の成功に通じる」と話すのは、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長。元日本ラグビー協会会長で、W杯招致にも尽力した。17年4月には両大会の組織委員会が連携協定を締結。2つのイベントが協力し、相乗効果を生み出すことが狙いだった。

東京大会組織委員会の中村英正ゲームズデリバリーオフィサー(GDO=大会開催統括)はW杯を振り返りながら「うまく東京につなげたい」と話した。もちろん盛り上がりやスポーツ熱を引き継ぐことは重要。さらに、競技運営統括として細かな部分も注目する点は多い。

W杯開幕後に行われた東京大会組織委員会の理事会でも「会場内への飲食物持ち込み」「試合後の観客誘導」など実際に会場に足を運んだ理事から課題が明かされた。さらに、10月には台風直撃で大会史上初めて試合が中止になるという事態も起きた。「学びは大きい。まず組織委員会から話を聞きたい」。中村GDOは話した。ラグビーW杯で得た教訓をどう東京大会に生かし、つなげるか。「ラグビーロス」の国民が、次に熱くなるのは「東京五輪・パラリンピック」だ。【荻島弘一】

■浮かび上がった課題

<台風>

W杯では台風19号の接近で10月12日に予定した1次リーグ2試合の中止を10日に決めた。試合の中止はW杯で初。首都圏の交通機関の計画運休なども予想される中、選手と観客の安全を優先させた決定だった。

五輪に中止という概念はない。仮に数日間スケジュールのうち1日が悪天候などで競技ができなくても、やりくりできる。ヨットなどは前日までの結果で順位を決める。メダルが決まらなかったことは、過去にないという。中村氏は「台風対策は暑さ対策とともに重要。首都圏直撃の可能性も考えないと」と話した。

台風の影響でナミビア-カナダ戦が中止となった釜石鵜住居復興スタジアム
台風の影響でナミビア-カナダ戦が中止となった釜石鵜住居復興スタジアム

ラグビーは単一競技で、1日数試合。五輪は20~30の会場で同時に競技が行われる。競技もルールも違えば、会場の特性も異なる。それでも「参考になることは多い」と中村氏。日程変更は基本的に組織委、国際オリンピック委員会(IOC)、国際競技連盟、放送権者などが話し合って決めるが、混乱も考えられる。「大きな台風などでは組織委とIOCが『○日の○時まで中止』など決めることもありうる」と話した。

さらに、同氏は選手や観客への周知の仕方にも言及した。W杯では日本-スコットランド戦など10月13日の試合の可否を同日キックオフの6時間前までに判断すると発表した。「良かったのは判断する時間を明確にしたこと。中途半端は一番不安になる」。自然災害だけに対応は難しい。それでも、暑さと同様に選手と観客の安全を優先に万全の準備をしなければならない。

<会場での飲食>

W杯では当初は禁じていた飲食物の持ち込みを、個人で消費する食品に限り大会4日目に認めた。会場内の売店で売り切れが続出、食べ物を買えない状態が続いたために、組織委も異例の方針転換をした。「柔軟な対応」と評価される一方で、組織委の認識の甘さも指摘された。東京大会も持ち込みは禁止。しかし、一部認めることも含めて検討されている。

開幕戦の試合開始4時間前に売店で列を作る来場者
開幕戦の試合開始4時間前に売店で列を作る来場者

中村氏は「飲食のうち飲と食は分けて考えている。飲料は暑さ対策と密接な関係にあるから」と話す。猛暑の中では水分は不可欠。仮に脱水症状などを起こしたら、観戦どころではなくなる。「飲み物に関しては切実な問題。突っ込んだ議論をしないといけない」。現状では認められる可能性はあるが、持ち込み方法や量なども詰めなければならない。「具体的に決まらないうちに○だ×だとはいえない」と慎重に話した。

<誘導>

観客の誘導もW杯からの「学び」となる。各会場には多くの外国人も詰めかけたが、飲酒していることもあってか試合が終わっても会場から離れない。「団体競技は終了時間が遅い試合もあり、電車がなくなるかもしれない。入場と違い、帰りは確かに落とし穴」と中村氏。現状では多くの観客を入れてのテストイベントは行われていないが、本番前には大観客を想定したテストも行うという。

W杯からの学びは多く、中村氏も「なるべく早めに意見交換をしたいと、すでにお願いしているところ」と話した。競技運営、ボランティア、警備など各分野で知見を共有することの重要さを口にした。さらに、W杯組織委の職員の一部は東京大会の組織委にも加わる。「W杯での経験は、東京大会でも生かされるはずだし、我々にとってもありがたい」。W杯の成功が、東京五輪・パラリンピックの成功にもつながる。

■2019年ラグビーW杯アラカルト

◆入場者 全45試合(1次リーグ3試合は中止)で170万4443人。1試合あたり3万7877人となった。入場チケット販売率は99・3%で、地方会場も含めてほぼ満席だった。

◆サッカー超え 日産スタジアムで行われた決勝戦の入場者数は7万103人。02年に同競技場で行われたサッカーW杯の決勝ブラジル-ドイツ戦の6万9029人を抜いて、同会場最多記録を更新した。

盛り上がる丸の内のラグビーW杯パブリックビューイング会場
盛り上がる丸の内のラグビーW杯パブリックビューイング会場

◆ファンゾーン 各開催都市に開設された16カ所のファンゾーンには、大会期間中に約113万7000人が来場。パブリックビューイングや各種のイベントでラグビーに接した。

◆国民の半数 NHKと日本テレビによるテレビ放送は日本戦を中心に視聴率も好調。1次リーグの日本-スコットランド戦(10月13日)は平均39・2%、勝利が決まった時は瞬間最高53・7%と5割を超えた。

◆17億人 ワールドラグビーによれば、ツイッターやフェイスブックなど大会公式ソーシャルメディアの利用者は延べ17億人。前回イングランド大会の4億人から急増した。