五輪初出場の宇野昌磨(20=トヨタ自動車)がSPで自己ベストにあと0・70点と迫る104・17点をマークし、3位につけた。細かなミスがありながらジャンプ3つを全て決め、首位の羽生と7・51点差。陣営は首位とSP10点差以内なら逆転圏と想定しており、今日17日のフリーでは3種4本の4回転ジャンプで世界王者の背中を追う。
寡黙な宇野が右拳をサッと突き上げた。強弱の激しいビバルディ「冬」の一音一音を細やかなスケーティングで拾い、たどり着いた充実感。自然と出たガッツポーズで会場の拍手を受け止めた。「満足いく演技が最後にできた。点数は本当に自分の演技そのものだと思います」。9日の団体SPを超えた得点に笑顔が輝いた。
リンク裏で尊敬する羽生の好演技を見届け、余韻の残る氷に立った。「今シーズンの中では一番(気持ちの)高ぶりがあったかな」。張り切りすぎてトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)はバランスを崩したものの「何とか抑えられた」と耐え、全てのジャンプで加点を得た。
「先生、今年も優勝できたら、アイスホッケーをやらせてください」
小5だった08年夏、宇野は指導を受ける山田満知子コーチ(74)へ直談判した。前年に全日本ノービス選手権を初制覇。同年代のトップとして注目され始めた少年には「チーム競技をやってみたい。滑りがうまくなるかも」という欲があった。けがの危険性がありながらも、浅田真央らを育てた同コーチの返答は「いいよ」。秋に宣言通り2連覇し「中日アイスホッケークラブ」の門をたたいた。
フィギュアの練習を終えると週2日、防具を身につけパックを追った。当時指導した堤孝弘さん(41)は「エッジ(刃)に乗っていく動きは、ずっとやってきた子より異常に上手だった」と思い返す。一方で氷に接するエッジが短いホッケー靴は、急なターンやスピードの調整にたける分、足を速く回転させなければ速度が上がらない。慣れない感覚に悩みながらも、笑顔の絶えない2年間で視野は広がった。滑りに幅が生まれ、仲間を思うことの大切さも学んだ。スケートへの探求心と常識に縛られない周囲の理解があり、今の宇野が存在する。
首位との差は7・51点。陣営はSP10点以内で競い合えると想定しており、宇野は「笑顔で終えられる1日にしたい」と最終滑走のフリーへ力を込める。「じゃんけんのようなもの」と表現するフリップや、ループの4回転ジャンプ次第で見える金メダル。のびのびと進んだ先に、新しい景色は待っている。【松本航】