南関屈指のダッシュマン・石橋慎太郎(42=静岡)が上昇モードに入った。準決7Rはミラクルの勝利。7車立てでは超レアな、残り1周で7番手に置かれながら最後に大外を伸びた。まくり上げた荒川仁が2着で南関ワンツー決着。「荒川と2人でひと踏みに懸けたんだよ。荒川が仕上がってないと言うもんで。ならば後方でもいいから、とにかく足をためようと。別線に足を使わせてから仕掛けようと」。なんと、不発のリスク大の後方まくりは、作戦だったと明かした。

作戦の遂行にあたり、序盤は石橋のS力が効いた。3番車で、2番車の小林令ら関東勢に前受けされたが、1番車の八谷誠賢ら九州勢は後方に追いやった。「最初に中団が取れたのは軽いギアだから。重かったら、Sで遅れてしまう」。打鐘から九州と関東に消耗戦を仕向け、まんまと後方から劣勢を覆した。

石橋はほとんどの選手が選ぶ倍数3・92の大ギア時代に逆らうように、3・54を駆っている。「92で果たして踏み切れるか。道中で重く、最後に余力がないならゴール前でも踏めない。オレは逆転の発想ですよ。軽くすれば、道中で余力があり、最後も踏み切れる。ある時、オレより軽い50を使う伊藤正樹さんに上を伸びられた。大混戦でみんなが足を使って苦しいのに、伊藤さんはすごく軽やかに伸びていった。やっぱり、軽いギアでも勝負になる」。

かつて倍数3・57が主流の頃に、山崎芳仁が4・00を駆ってタイトル戦線を席巻して大ギアブームを呼んだ。「今はみんなが大ギア。重いギアを踏み切るには、パワーが必要だし、体づくりから大変。腰痛とか膝痛とか、体のあっちこっちが痛む。逆に軽くても勝負になると分かったら、みんなが軽くして、その良さが消えちゃう。オレに不利か。これ、書かれると困るな(笑い)」。いたずらっぽく話すが、かつてG1■(■は寛の目の右下に「、」)仁親王牌で理事長杯スタートなど活躍した石橋の言葉には説得力がある。迎える決勝7Rは荒川と2人で関東5車に挑む構図だが、ひるまない。「7番車だけど、Sを取らないと始まらない。関東はオレにSを取られても平気だろうけど。まあ、頑張りますよ」。また不敵に笑う石橋が、決勝を混戦に仕立てる。