アメリカでは学術的な見地からゴルフのスイングやパッティングストロークを研究している学者が多くいる。テキサス女子大学でバイオメカニクス(生体力学)の研究をするヤン・フー・クォン教授もその一人だ。

ツアープロのスイングを分析するクォン教授
ツアープロのスイングを分析するクォン教授

 この連載でも何度か紹介をしているが、クォン教授は地面を踏み込んだことによって返ってくる「地面反力」がスイングに与える影響に着目して研究を行っている。こうした考え方は以前から存在したが、計測機器の発達で体の動きや目に見えないエネルギーの動きを可視化する事ができるようになり、より詳しく解明されるようになってきている。

●バイオメカニクスの視点で往年の選手を見ると

 研究材料としてプロアマ問わず多くのゴルファーのスイングを見てきたクォン教授。そんな教授に、過去と現代のスイングに起こっている変化を聞いてみた。

 「ベン・ホーガンの時代から比べると、スイングが進化していることは間違いありません。ヘッドスピードは上がって飛距離は伸び、高くて止まる強い球を打てるようになってきています」

 パーシモンの時代からクラブとボールは劇的な進化を遂げているが、身体の動きの進化も著しいという。

 「ゴルフに限った事ではありませんが、プロスポーツ選手の鍛錬には科学的なトレーニングが必須な時代です。50年前と比べるとプレーヤーがフィジカルトレーニングにあてる時間は圧倒的に増え、科学的見地からその質も向上しています。そのため現代と過去のプレーヤーを比べると、体格の違いやスイングの力強さが大きく異なっているのです」

●もろ刃の剣ともいえる現代のスイング

 しかし過去の選手たちのスイングを見てみても、非常にダイナミックな動きで、弱々しい印象は受けない。

 「フィジカルがそれほど強くなくクラブの仕事量も少ないため、ダイナミックに体を動かして、少しでも多くのエネルギーを生み出す必要がありました。体重移動が多く、下半身を積極的に動かして地面反力を使っている選手も多く見受けられます。フィジカルの弱さを大きな動きでカバーしていたと言っても良いでしょう」

 それと比較して現代の選手たちは、ミスを減らすため体の動きをシンプルなものにしている。よく「個性的なスイングの選手がいなくなった」と言われるが、これは体の動きを効率的でよりシンプルなものに突き詰めていった結果なのだ。

 「フィジカルが強い現代の選手は、エネルギーを生み出すためにダイナミックな動きを必要としていません。コンパクトな動きの中でも自らの筋力で強い力を生み出すことができるからです。一見、飛距離、安定性のどちらをとっても現代のスイングのほうが優れているように見えるかもしれません。しかし現代のスイングは小さな動きの中で大きな力が生まれるため、体の一部に局所的に力が加わる可能性が高く、けがのリスクは高いと言えます。重要なのは内力と言われる自分の筋力から発生する力と、重力や反力といった外力を組み合わせてエネルギーを最大化させることなのです」

●バイオメカニクス的、松山英樹のスイング

 欧米の選手たちに交じっても見劣りしない、日本人離れした体格の松山英樹。日本人選手の中では「現代の選手」の象徴ともいえるプレーヤーかもしれない。生体力学の観点から見て松山のスイングはどのように映るのだろうか。「通常はモーションキャプチャーなどを使って計測してスイングを判断する」と前置きをした上で、スイング動画から松山の特徴を挙げてもらった。

松山英樹のスイング
松山英樹のスイング

 「生体力学の観点からも非常に優れたスイングと言えます。個人的な話だが、私好みのスイングでもある」(クォン教授は身長170センチと一般的な体形ながら300ヤード以上のドライバーショットを繰り出すアマチュアゴルファーだ!)

 「優れいているのは3点です。まずは絶対的な下半身リード。動き出した後、各部位が順序良く連動して動いている点が素晴らしい。その高い連動性が、切り返しでの上半身と下半身の捻転差を生み出しています。そしてインパクトで左肩が開かない点。下半身から生み出した力をボールに余すことなく伝える事が出来ています。松山はショットの安定性が高く評価されますが、それはこの左肩の向きが常に一定になっていることによるものです」

 不調時になるとしばしば指摘される切り返しの際の独特の「間」だが、これはスイングにどんな影響を及ぼすのだろうか。

 「動きが止まるという事は、始動からフィニッシュまでの一連の動きの断線となる可能性が高く推奨できるものでありません。0から1の動きを始める際には、新たなエネルギーを必要とし、安定性を欠きやすいためです。しかし松山の切り返しの『間』は、一見止まっているように見えて、完全に停止はしていません。切り返しも先述の通り必ず下半身から先に動き始めます。むしろこの間があるからこそ、上下の捻転差が生じて大きなエネルギーを生み出していると言えるでしょう」

 独特に見える切り返しが、最大の武器となっているのだ。

Dr.Kwonインストラクタープログラムレベル2を受講した筆者(右)とクォン教授
Dr.Kwonインストラクタープログラムレベル2を受講した筆者(右)とクォン教授

 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。欧米のゴルフ先進国にて米PGAツアー選手を指導する80人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を直接学び研究活動を行っている。書籍「ロジカル・パッティング」(実業之日本社)では欧米パッティングコーチの最新メソッドを紹介している。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)