五輪・パラリンピック選手村でのコンドーム大量配布は今や有名になった。16年リオデジャネイロ大会では過去最多の45万個を配布。20年東京大会では新種目により選手数も増えたため、リオを上回る可能性がある。「ものづくりニッポン」の精神は同業界にも息づき、良質な世界最薄「0・01ミリ」を誕生させた。エイズ・性感染症防止を念頭に置く欧米人は「丈夫さ」を好むため必ずしも「薄さ」を求めないが、業界は日本製が両者を兼ねていることを、世界へ発信する五輪にしたいと考えている。【清水優、三須一紀】

■改良

 相模ゴム工業(業界2位)の山下博司営業企画室長は20年東京大会を「世界に日本の技術力の高さをあらためて知ってもらう大きなチャンス」と捉えている。

 同社は98年長野冬季五輪で2万個のコンドームを提供。それこそが元祖「サガミオリジナル」だった。64年東京五輪の年に開発構想がスタートし、98年に日本で初めて製品化に成功。長野五輪開催に合わせポリウレタン製コンドームが発売された。

 発売するやサガミオリジナルは爆発的に売れたが同年4月、水がわずかにしみ出る微細なピンホールのある製品が見つかる。破れる可能性は低かったが同社は自主回収を決定。生産方法や検査態勢を見直し、2年後にようやく再発売にこぎ着け、そこからさらなる進化を続けてきた。

 山下氏は「あれ(自主回収)があったからこそ、ここまで薄くできた」と振り返る。当時、天然ゴムラテックス製コンドームの最薄が0・03ミリ台だったといい「3倍強いポリウレタンなら0・01ミリ台もできるはず」と信じて改良を重ね、13年11月「サガミオリジナル001」の発売につながった。

■払拭

 不二ラテックス(同3位)は人口減で国内需要が下がっている中「どこのメーカーも海外に目を向けている。五輪はアピールする場として最適」(門脇立彦マーケティング課長)という。中国人の爆買いが始まってからは、高性能の日本製を大量に仕入れて帰国するケースが目立った。

 ただ、人気はアジアに限ったものという。「欧米人は性感染症の防止が第一の目的で破れないものを求めるため『薄さより丈夫さ』という考え方」というが、その意識を変えたい。

 合成ゴム製の「SKYN(スキン)」が同社の代表品。薄さは他社ほどではないが、素材を人肌に近づけた逸品だ。コンドームは普段使いしているものをつい繰り返し買う傾向が強いという。「ぜひ選手村で意識して使ってもらい、日本の技術力の高さを感じてもらいたい」。意識的に使えば必ず、日本製の優位性が分かると自信を持つ。

 体験した欧米選手がインターネット、SNSで使用感を拡散することは考えにくいが、各国メディアが取材する可能性は高い。「ニュースによる波及を期待している。これを機に『薄さ=弱さ』を払拭(ふっしょく)したい」と語った。

■配慮

 業界トップを走り続けるオカモトは、スポーツイベントとしては95年福岡ユニバーシアードで初めてコンドームを提供した。98年長野五輪では3万~5万個を寄付。東京大会は「コンドームへの意識改革の機会にしたい」と林知礼マーケティング課長代理は語る。

 性行為への意識が開かれている欧米に比べ、日本はいまだ「秘め事」という色合いが濃く、その行為に使用するコンドームも「恥ずかしいもの」と捉えられがちなのが現状。林氏は「人間である以上、性行為があるのは当然で自然なこと」とした上で「アダルトグッズ」という意識から「生活用品」へと変革させることが「トップメーカーとしての役割」と話す。

 さまざまな取り組みをしてきた。行政やエイズ財団と協力して感染症予防のキャンペーンを実施。性感染症が近年、国内で増加していることもトップメーカーとして重くみており「装着してもらう機会を増やすにはまず持ってもらうこと。感染症予防の上で、マスクと同じく持っていて当たり前なものと思ってもらいたい」と語った。

 そのため、同社ではコンドームケースを商品のおまけとして同封するキャンペーンも実施。女性もポーチなどに気軽に携帯できるような配慮だ。


■商機

 各社、東京大会を重要な商機と捉えている。実際、選手村に配布されるのはどのコンドームになるのか-。

 複数の関係者によると、これまでの組織委との話し合いでは、大手が各社合同で担当する方向で調整しているという。組織委はリオ大会規模(45万個)の予算は準備しているという。その場合、各社は受注することになるが、自社製品のポップ広告などに「東京五輪公式コンドーム」とうたうことは基本的にできない。

 反対に、コンドーム分野で東京大会の協賛企業となる方法も可能性としてはある。企業側がスポンサー料として大会に、資金提供やコンドーム現物支給などを行う。見返りとして、大会エンブレムを使った広告が打てるなどの利点を得ることができる。その場合1社となる可能性があり、東京大会を全面的に担当したと、うたい続けることができる。


■思惑

 大手各社はそれぞれの思惑がせめぎ合っていた。世界でも薄さ「0・01ミリ台」は、相模とオカモトしか製品化できていない。相模の山下氏は「ここまで来たのだから1、2社ではなく、各社で共存できるのなら『ニッポンは世界に類を見ないこんなに薄いコンドームが作れるんだ』という技術力を世界に示す機会にできればと思っている」と語った。

 不二ラテックスの門脇氏は「寄付合戦になるのはどうか。コンドームを宣伝合戦に使ってほしくないとの話も聞く。全体で日本の技術の結晶を見せられれば」との考えを語った。

 オカモトは日本で製造された「0・01ミリ」「0・02ミリ」を選手村に入れるべきとの考え。林氏は「日本の高いコンドーム製造管理技術を世界へ発信でき、また話題性もある」と話した。ただ現段階で、各社でやるべきか、1社で対応すべきか両選択肢を排除していない。「何社かでやる場合でも、各社の考え方もあり、実際の分担については工業会などでの調整が必要になるだろう」との懸念を口にしていた。


 ◆オリンピック・パラリンピックとコンドーム 感染症予防目的で配布されている。1981年、米国でエイズ患者が報告され、83年にフランスでHIV(ヒト免疫不全ウイルス)が確認された。世界的な感染拡大の中、88年ソウル大会からコンドーム配布が始まった。当時の報道などによると、ソウルは8500個だったが徐々に数が増加。00年シドニーで12万個、08年北京で10万個に達した。

 12年ロンドンでも横ばいの10万個だったが、16年リオではジカ熱の流行もあり、史上最多の45万個となった。「コンドームでお祝いを!」と書かれたハンドル回転式配布機などで配った。選手1人あたり1日2~3個の個数にあたり、全部使用された可能性も否定はできないが、業界関係者は「多くは『お土産』になったのでは」とみている。

 冬季も配布され、2月の平昌(ピョンチャン)では冬季最多の11万個が選手村や競技会場のトイレ、洗面所、医務室、プレスセンターなどで箱やかごに入れられ、配布された。