新型コロナウイルスの収束が見えない中、東京オリンピック(五輪)開幕まで4カ月を切った。くしくも東日本大震災から10年、「復興五輪」を掲げる大会は従来にはない不完全な形となる。賛否渦巻く中、五輪・パラリンピック(オリパラ)開催の意義とは? 陸上の男子400メートル障害で五輪に3度出場している為末大氏(42)が、コロナ禍の「東京2020」を考えた。【構成=佐藤隆志】

東京五輪について思いを語る為末大氏(撮影・中島郁夫)
東京五輪について思いを語る為末大氏(撮影・中島郁夫)

不完全な形であってもオリパラはやってほしいと思っています。なぜやった方がいいのか? 1つは選手村に入った経験から言えば隔離が可能だから、です。米国のプロバスケットボールNBAがフロリダで隔離して開催したり、欧州でサッカーの国際試合をやっているのと変わらない状況でできると思います。「こんなこともあったら」という完全な形にさえこだわらなければ、さまざまな妥協案が出せます。

もう1つは、米国などで大きな災害があるとスポーツの大会をきっかけに日常に戻っていこうとか、立ち上がっていこうというメッセージとして使われることが多い。それをグローバルな基準で見ると、東京大会はタイミング的にもそう。コロナが急に落ち着くことはないですけど、ワクチン接種が世界中で広がる中で、この状況のまま経済を回さないでいくのは難しい。もう日常として折り合っていく決意というか、「ここから人類が攻めに転じるぞ」と。これは日本のみならず世界的にキッカケを求めていると感じています。スポーツのイベントでメッセージ性を強く出すという点ではすごく分かりやすい。

これまでの状況を大きく一変させる「ゲームチェンジャー」という言葉があります。地球規模でみたら、ゲームチェンジできるキッカケとしてとらえられるんじゃないかと思います。東京オリパラとは「ゲームチェンジするための大会」。今後1~2年間、イベントをやる上で必要なものだと思うので、その知見が生まれることも含めて重要になってきます。もちろん誰もが安心できるような仕組みをつくりながら、大会を開催しようという意思のもとに進め、その上で最後に判断すればいいと思います。

もちろんアスリートの中にもオリパラに賛成の人もいれば、否定的な人もいます。実際に参加しないと決断する人も出ると思います。それでもオリパラをやりたいと望んでいる選手は多いのではないでしょうか。すべての賛同を得られなくても、少なくとも私は一生懸命やってプレーをしたいという選手の思いは尊重してあげたいと考えています。もし開催されたら、アスリートは準備なしではパフォーマンスは発揮できませんから、コロナで大変な中でよく準備してきたなと感動するのではないでしょうか。

 
 

東京大会のオリンピック・レガシーって何だろう? 結局、形あるハード面のものはあまり評価されないと思います。残るけど、それはそのままの価値でしかない。インパクトがあるのは無形なソフト面。私が日本側に残るものとして一番大事だと思うのは、1964年と同様に「国際社会への復帰」みたいなものだと考えます。国際社会から見ると日本がどう見えるか? ここはすごく評価されるねってところもあるし、ここダメって言われるところもあります。

欧米メディアから今、褒められるところが少なくてたたかれることが多いと感じます。一方で、東京大会が始まると日本が評価されるところが出てくると思います。どうしても準備の段階では問題が見えやすいですが、今地道に行っていることの結果は本番で見えるはずなので。そういった中で、客観的に日本は自分たちがどういう状況なのかを見るんじゃないでしょうか。もう1つ、私がいくつかの会議に出て感じるのは、日本にはポテンシャルがあるという評価を受ける一方で、よく指摘される最大の問題は「変われない」ところ。今回の五輪で、日本も変われるんだというメッセージを伝えられたら、少なくとも日本にとってのレガシーはすごく成立するんじゃないかと思います。

ジェンダーの課題も、結局ルールは変わらないよね、議論するけど変わらないよね、みたいなところが、本当に変わるぞという意思表明できればいいと思います。僕たち変われるよというメッセージが伝われば、日本にはリソース(人材、資金、物資)もあるし、世界中からの投資が集まったり、いろんな期待値も変わってくると思います。

今回の大会は、本当の意味で「アスリート・ファースト」になると思います。オリパラで絶対に削れないものって何だっけ? というのは、アスリートだったということがクリアになる。逆に言えば、アスリート以外の部分はずいぶんそぎ落とされる。今回は世界中のすべての選手が逆境体験を味わっているので、本当に物語には事欠かないし、いろんな言葉が出てくるでしょう。本番まで選手たちは言いにくい部分があると思うけど、少なくとも自分が一生懸命トレーニングしてきてオリパラに出たいという思いを言うのは何ら非難もされるものではありません。

 
 

コロナ禍で日々練習に取り組んできた選手たちは、本当に大変だったと思います。オリパラが開催されれば、開会式で泣いちゃうんじゃないかと。できないと思って諦めた人も多い中で本当に開催できたら、それを待っていた人にとっては言葉にならない思いがあると思います。勝ち負けよりも、スポーツができる喜びみたいなものが前面に出てくるのではないでしょうか。そんなふうに思うオリパラってこれまではないし、そうなったら間違いなく、選手のどのプレーも、どういう言葉にも、感動するんじゃないかな。(為末大)

◆為末大(ためすえ・だい) 1978年(昭53)5月3日、広島市生まれ。広島皆実高-法大。400メートル障害で世界選手権で2度(01年、05年)銅メダル。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。自己ベストの47秒89は、現在も日本記録。12年6月の日本選手権で現役引退。現在は執筆活動、会社経営を行う。Deportare Partners代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)