「世界に誇る日本のすごい技」第4回は、アンダーハンドパス。陸上男子400メートルリレーの日本代表は、これを極めて、08年北京オリンピック(五輪)、16年リオデジャネイロ五輪と銀メダルを獲得した。スピードの減少を最小限にしたバトンで優位に立ち、米国などライバル国との1人1人の走力差を覆してきた。世界的にはオーバーハンドパスが主流だが、個で一流がいなかったフランスが90年にアンダーハンドパスで世界記録を出していた点に着目し、日本は01年から導入した。東京五輪へ向けて、ますます研ぎ澄まされている「すご技」に迫った。【取材・構成=上田悠太】

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「3秒70」

日本は今、この数字を目標にしている。それは「バトンパス40メートルタイム」。40メートルとはバトンパスが可能なテークオーバーゾーン30メートルと、その先の10メートルを合わせた距離になる。もともとリオデジャネイロ五輪までは「3秒75」を目安の数値にしていたが、個々の能力や、他国の強化が進んでいることを踏まえ、「0秒05」の上方修正を施した。

スピードのロスを削るため、ポイントを明確にしている。練習では必ずビデオ撮影し、感覚だけに頼らずに数値化する。



(1)バトンを受け渡す位置

基本はテークオーバーゾーンの出口前10メートル地点が目安。選手特性によって、多少の前後差はあるが、前走者の減速、次走者の加速を考慮すると、ベストな場所とされる。

(2)次走者の挙手時間

3歩。バトンをもらうために腰の高さ付近で手のひらを下に向けて構えている時間は、短い方がより走るフォームに近くスムーズな加速につながる。究極の理想は1歩だが、それは難易度が高すぎるため、3歩を現実的な目標とする。

(3)次走者のスピード

次走者がテークオーバーゾーンを出てから10メートルを1秒以内で走ることを掲げる。



他にも「2人がバトンに触れている時間」など、いくつかの指標があり、データは選手にフィードバックされる。改善すべき点は、明確にすぐ分かる。1日のバトン練習は量より質を追求。代表の指揮を執る土江寛裕五輪強化コーチ(46)は「1日にできる本数は(1ペアで)1、2本。その分、数日間の合宿で合わせる必要がある」と話す。

リオデジャネイロ五輪は、まさに100分の1秒を刻み出す作業の結晶だった。2位の日本は37秒60で、3位のカナダは37秒64。その差は0秒04だった。

日本陸連が計測した「バトンパス40メートルタイム」(表参照)で、日本は合計11秒27(平均3秒76)だったのに対し、カナダは合計11秒33(平均3秒78)。つまり、この40メートルで、日本はカナダより0秒06上回っていたということ。もし…この40メートルが同タイムだったら、日本のメダルは銀でなく、銅だったことに。また米国はゾーン外でのバトンパスにより失格になったが、カナダより0秒02速い37秒62の3着だった。勝負事に「たられば」は禁句だが、わずかでもミスがあったら、日本は表彰台も逃していた可能性も十分にあった。まさに紙一重の勝負で得た銀メダルだった。

16年リオ五輪、17年世界選手権、19年世界選手権、決勝のバトン40メートルタイム
※パスは選手名。山=山県、飯=飯塚、桐=桐生、ケ=ケンブリッジ、多=多田、藤=藤光、白=白石、サ=サニブラウン
16年リオ五輪、17年世界選手権、19年世界選手権、決勝のバトン40メートルタイム ※パスは選手名。山=山県、飯=飯塚、桐=桐生、ケ=ケンブリッジ、多=多田、藤=藤光、白=白石、サ=サニブラウン

おのおのの走力に頼り切っていた国もリレーに力を入れ始め、世界のレベルは高まっている。ただ日本もリオ時より課題だった1人1人の走力が向上。当時誰もいなかった100メートル9秒台スプリンターは3人(サニブラウン、桐生、小池)になった。土江コーチは「個の力だけでなく層も厚くなった。金は現実的に狙える」。決勝は8月6日午後11時前。国立競技場で歓喜の夏の夜となるか-。



■アンダーハンドパス

利点 走るフォームに近い形で受け渡しするため次走者が加速しやすい。2人の距離が近く、バトンを落下させるリスクが少ない。

欠点 「利得距離」(腕を伸ばした腕の長さ分の走らなくていい距離)が短い。上体が立つフォームの選手は、渡す時に目線を下げる必要があり、次走者の手を確認しにくい。慣れれば確実性は高いが、不慣れだと難しく、これが取り入れている国が少ない一因。

◆主な採用国 日本、フランス


■オーバーハンドパス

利点 両者が腕を高く伸ばす分、「利得距離」を稼げる。

欠点 次走者は後方に腕を上げて固定しながら、走るため加速しにくい。またスタートを切るタイミングに精度が求められる。

◆主な採用国 米国、英国、ジャマイカ、中国など世界的にはオーバーハンドパスが主流。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)