【先駆者】沖縄尚学・比嘉公也 17歳と26歳の春、紫紺の大旗をつかんだ男/連載Ⅰ

今夏も、甲子園を目指す大会が始まりました。全国のトップを切り、6月17日に沖縄大会が開幕。沖縄尚学は春夏連続の甲子園を狙います。監督の比嘉公也氏(41)は、エースとして1999年のセンバツを制し、26歳の指導者として甲子園に戻ってきた08年のセンバツでも母校を再び頂点に押し上げました。立場を変えて2度、紫紺の大旗を手にした今も「日々の積み重ね」の大切さを後輩に説き、指導を続けています。次代のフロントランナーと期待される同氏の、信念の指導に迫ります。4回連載。(文中敬称略)

高校野球

「目標は初戦突破でした」

比嘉公也はこれまでの人生で2度、沖縄の歴史を変えた。

沖縄尚学のエースだった17歳の春、第71回選抜高校野球大会で県勢初の甲子園制覇。教員として母校に戻り、監督として臨んだ26歳の春は、エース東浜巨(ソフトバンク)を要してセンバツ王者に返り咲いた。

26歳の青年監督として臨み、第80回のセンバツを制した。エース東浜と並んでも、先輩後輩のよう=2008年4月4日、甲子園

26歳の青年監督として臨み、第80回のセンバツを制した。エース東浜と並んでも、先輩後輩のよう=2008年4月4日、甲子園

沖縄の野球人初の甲子園優勝エース、優勝監督になった。

比嘉選手時代の優勝は、秋の九州大会の準決勝で日南学園にコールド負けしかけたチームだったので、センバツ出場はぎりぎり。金城(孝夫)監督はどう思ってらしたか分からないですが、ぼくらの目標は1回戦、初戦突破でした。

開幕前のメディアのチーム評価も「低かったです」と、比嘉は記憶する。

ただ、早大を経てのちに広島で活躍する比嘉寿光主将(広島球団本部編成部編成課長)を軸に、しっかりとまとまった好チームだった。

迎えた選抜大会初戦。相手は、プロ注目のエース村西哲幸(元横浜)を擁する比叡山(滋賀)だった。

比叡山高校のエース・村西哲幸。99年ドラフト3位で横浜ベイスターズに入団した

比叡山高校のエース・村西哲幸。99年ドラフト3位で横浜ベイスターズに入団した

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古代の王国トロイを発見したシュリーマンにあこがれ、考古学者を目指して西洋史学科に入学するも、発掘現場の過酷な環境に耐えられないと自主判断し、早々と断念。
似ても似つかない仕事に就き、複数のプロ野球球団、アマ野球、宝塚歌劇団、映画などを担当。
トロイの 木馬発見! とまではいかなくても、いくつかの後世に残したい出来事に出会いました。それらを記事として書き残すことで、のちの人々が知ってくれたらありがたいな、と思う毎日です。