沖縄尚学・比嘉公也監督 26歳で頂点も「東浜がいなくても勝てるチームを」/連載Ⅲ

今夏も、甲子園を目指す大会が始まりました。全国のトップを切り、6月17日に沖縄大会が開幕。沖縄尚学は春夏連続の甲子園を狙います。監督の比嘉公也氏(41)は、エースとして1999年のセンバツを制し、26歳の指導者として甲子園に戻ってきた08年のセンバツでも母校を再び頂点に押し上げました。立場を変えて2度、紫紺の大旗を手にした今も「日々の積み重ね」の大切さを後輩に説き、指導を続けています。次代のフロントランナーと期待される同氏の、信念の指導に迫ります。4回連載。(文中敬称略)

高校野球

「ボクらと比べても」

比嘉公也は沖縄尚学のエースとして1999年のセンバツを制し、さらに9年後の春、母校を率いて優勝監督となった。

監督としての優勝から10年後の2018年、2度のセンバツ制覇の違いをたずねた。比嘉はこう答えた。

比嘉自分の現役のときは、優勝できるとは思わなかった。08年はできるんじゃないかなって思っていました。

口には出してないですけど、できると思ってました。その年の2月に、練習を見に来られた大学の監督さんたちが「このチーム、(バットが)振れるぞ」とか言ってくださいました。いろんなところを見に行かれていた方々が「ピッチャーもいるし、いけるんじゃないか」って。

東浜巨の投球フォーム。球持ちが長いことがよく分かる1枚=2008年7月6日、沖縄・北谷

東浜巨の投球フォーム。球持ちが長いことがよく分かる1枚=2008年7月6日、沖縄・北谷

ボクらが現役のチームと比べても、巨たちのチームが強いと思います。

エースは東浜巨。高校3年時でもドラフト1位は間違いない、と評されながらも、亜大進学を選び、12年のドラフト1位でソフトバンクへ。現在も先発ローテーションの一角を担い、投げ続けている。

嶺井博希は東浜を追うように亜大に進み、FAでソフトバンクに移籍した=2010年9月17日、神宮

嶺井博希は東浜を追うように亜大に進み、FAでソフトバンクに移籍した=2010年9月17日、神宮

捕手は1学年下の嶺井博希。亜大からDeNA入りし、FA移籍で今年からソフトバンクの一員となった。

さらに遊撃を守るのは主将の西銘生悟。のちに中大からホンダに進み、社会人野球でも活躍して、現在はホンダ鈴鹿のコーチになった。攻守のリーダーだった。

野手は俊足ぞろい。自信を持って甲子園に臨める顔ぶれだった。

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古代の王国トロイを発見したシュリーマンにあこがれ、考古学者を目指して西洋史学科に入学するも、発掘現場の過酷な環境に耐えられないと自主判断し、早々と断念。
似ても似つかない仕事に就き、複数のプロ野球球団、アマ野球、宝塚歌劇団、映画などを担当。
トロイの 木馬発見! とまではいかなくても、いくつかの後世に残したい出来事に出会いました。それらを記事として書き残すことで、のちの人々が知ってくれたらありがたいな、と思う毎日です。