【巨人桑田真澄2軍監督】今季節目の言葉全文まとめ「これが勝負の世界の残酷さ」

巨人2軍の今季の戦いが幕を下ろしました。10月4日に行われたファーム選手権(サンマリンスタジアム宮崎)でウエスタン王者の中日と対戦し、3―16で大敗。16年以来の日本一を逃しました。今季は桑田真澄2軍監督(57)が「供給、調整、育成」の3つのミッションを掲げ、イースタン・リーグでは80勝44敗2分けで2年ぶり29度目の優勝を果たしました。1年間の総括として、節目のタイミングでの桑田監督の言葉をお届けします。

プロ野球

★桑田2軍監督が語った主な内容

  • イースタン優勝の胴上げが3回だった理由
  • 選手権は中日に大敗。プロの世界の残酷さ
  • ファームで模範となった長野選手への感謝

◆桑田真澄(くわた・ますみ)1968年(昭43)4月1日、大阪府生まれ。PL学園では甲子園に5季連続出場し、1年夏、3年夏に全国制覇。85年ドラフト1位で巨人入団。最優秀防御率2度(87、02年)最多奪三振1度(94年)。87年沢村賞、94年セ・リーグMVP。07年は米大リーグ・パイレーツでプレー。08年3月に現役引退。21年、1軍投手チーフコーチ補佐で巨人復帰。24年から2軍監督。現役時は174センチ、80キロ。右投げ右打ち。

9月16日、イースタン・リーグ優勝を決めて胴上げされる

9月16日、イースタン・リーグ優勝を決めて胴上げされる

「うまくなるには違う方程式もあるよ」

★9月16日 イースタン・リーグ優勝決定時

―優勝して胴上げ。心境は

胴上げとか苦手なのでね。チョーさん(長野)とか川相さんとかに代わってもらえないかなと思ったんですけど、ダメだっていうことで3回だけ。いつも量より質と言っているので(笑い)。

―18回という声もあった

いや、じゃあ3回でということで。

野球というスポーツは3で割り切れる、3という数字を大事にして戦うといいというのが自分の野球哲学でもある。ストライク3つとか、スリーアウトとか、前半、中盤、後半の3つに分かれる。

そういう意味で、じゃあ3回だけということで、内容の濃い3回の胴上げをしてもらいました。うれしかったです。

―監督として選手のやりくりなど大変な部分も

そうですね。昇降格がやっぱり多い昨年、今年だった。

僕よりもコーチ陣が選手のやりくり、また1軍からの起用法とかいろんな制限がある中で、故障班のイニング数とか打席数とか(守備の)ポジションとか。

そういったことプラス育成枠の中で3軍からの出場機会をという要望にもコーチ陣がよく応えてくれて、うまくやりくりしてくれたので、本当に僕としてはすごく助かりました。

―選手にはプロとしてどうあるべきかという話をずっと伝えてきたと

そうですね。僕は言葉がチームを作ると思っていますので、分かりやすい単語をよく彼らにシャワー効果と言いますか、投げかけてきた。

例えば、プロフェッショナル(とは何か)とか、自己満足の練習じゃなくて、自己実現の練習をしようとか。送球はまっすぐ低くとか、試合では1点を貪欲に取りにいき、1点を粘り強く守っていこうとか。

そういった言葉を選手たちに投げかけながら、口調は優しいんですけど、選手たちにとっては厳しい要望をたくさん僕が出していたらしい。

ですから、選手たちが失敗を恐れずに挑戦してくれた結果がこの優勝につながったと思います。

7月20日フレッシュオールスター 左から宮原駿介、桑田真澄2軍監督、宇都宮葵星、笹原操希

7月20日フレッシュオールスター 左から宮原駿介、桑田真澄2軍監督、宇都宮葵星、笹原操希

―昨年との違いを感じた部分は

やはり僕の方針とか戸惑いがあったと思う。

本文残り77% (3888文字/5080文字)

2001年12月生まれ。千葉県千葉市出身。10年に地元球団のロッテが日本一になった瞬間をテレビで見たことがきっかけで、野球の面白さを知る。高校時代は、土日休みだった硬式テニス部に入部し、週末になると野球観戦に出かける日々を過ごしていた。
武蔵大社会学部メディア社会学科を経て、2024年4月に入社。夏の高校野球取材では東東京地区を担当。東東京代表の関東第一が甲子園でも決勝まで勝ち上がり(結果は準優勝)、胸が熱くなった。同年10月から野球部配属となり、遊軍として各球場を転々とした。
25年1月から巨人担当。趣味はドラマ鑑賞、神社仏閣巡りなど。好きな食べ物はラーメン(特に家系)。