76歳落語の大御所が浪曲師の〝新米〟に 熱烈虎党・月亭八方が歩む二刀流

落語家月亭八方(76)がドジャース大谷翔平選手ばりの二刀流を目指している。浪曲界初の人間国宝(無形文化財)に選ばれた京山幸枝若(70)に6年前から教えを受けており、この年末年始には浪曲イベントに立て続けに出演。「本格的な浪曲にはまだまだやけど、落語と浪曲を融合させながら経験を積んでいきたい」と、新たな挑戦に意欲を燃やした。

お笑い

◆月亭八方(つきてい・はっぽう)1948(昭23)2月23日生まれ、大阪市出身。少年時代の夢はプロ野球選手で、名門浪商に進学するも厳しい練習についていけず。卒業後、月亭可朝(当時は2代目桂小米朝)に入門し、落語家の道へ。MBSテレビ「ヤングおー!おー!」で落語家ユニット「ザ・パンダ」の一員として人気者になる。舞台、テレビ、ラジオと幅広く活動し、芸人仲間のマル秘情報を語る「楽屋ニュース」は86年から98年までABCテレビで放送され、人気を集めた。91年、上方お笑い大賞。趣味は野球観戦、ゴルフなど。身長167センチ。

落語と浪曲。ドジャース大谷ばりの二刀流を目指す月亭八方(撮影・三宅敏)

落語と浪曲。ドジャース大谷ばりの二刀流を目指す月亭八方(撮影・三宅敏)

人間国宝の2代目京山幸枝若に師事

「あの月亭八方が浪曲を?」と驚かれるファンも多いだろう。しかし、本人はいたって真面目。人間国宝にもなった浪曲界の第一人者、2代目京山幸枝若に習ってすでに6年が過ぎた。

八方若い頃から興味はあったんですよ。ただ、20歳で(月亭)可朝に弟子入りしたら、当時はバブル真っ盛りの時代。(笑福亭)仁鶴さんがいて、(桂)三枝さん(現在の6代文枝)がいて、テレビに舞台に大活躍していました。僕らも若いうちから仕事をたくさんいただきました。テレビだけでなく、当時は梅田花月、なんば花月、京都花月と吉本の劇場が3館あって、休むこともなく働いてました。朝、目が開いたら仕事。夜は寝るまでずっと仕事。そんな時代でした。やがて50歳にさしかかる頃、ようやく落語の仕事を軸にできるようになったんです。

月謝を払って教室へ

当時は、若手の落語家が今より圧倒的に少なかった。MBSテレビ「ヤングおー!おー!」に桂きん枝(現在の小文枝)、桂文珍、林家小染さん(1984年死去)とともに4人組「ザ・パンダ」として登場するや、あっという間に人気に火が付いた。「三枝の駐在さん」「さんまの駐在さん」「あまからアベニュー」「ナイトinナイト 楽屋ニュース」などテレビで大活躍した。関西では一時期「全曜日に出演している」と言われるほどだった。

八方目の回るような忙しさが一段落して、やっと落語に身を入れられるようになりました。浪曲や講談と落語は意外と近い関係なんです。何げなく聞いていると、自分でも浪曲をうなりたくなる。ただ声の出し方には浪曲独特のものがあるので、幸枝若さんに習うようになりました。芸歴では僕が先輩ですが、きちんと月謝を払って教室に通っています。人間国宝になられて月謝が上がるかと思いましたが、今のところは変わってません(笑い)。

落語界、浪曲界の人間国宝DNA受け継ぐ

八方の師匠、可朝さんは桂米朝さんの弟子。人間国宝だった米朝さんは八方の大師匠にあたる。すなわち米朝さんと幸枝若、落語界と浪曲界の人間国宝のDNAを八方は受け継ぐことになった。

本文残り62% (1872文字/3036文字)

エンタメ

三宅敏Satoshi Miyake

Osaka

大阪市生まれ。1981年に日刊スポーツ入社。
主に芸能ニュース、社会ニュースの記者・デスクを務める。
2011年に早期退職制度で退社。その後は遊んで暮らしていたが、2022年から記者として復帰。吉本のお笑い芸人などを取材している。
好きなものは猫、サッカー、麻雀、ゴルフ。身長171センチ。