神の子マラドーナを一刀両断 王様ペレのキレキレ評論本文

日刊スポーツはこれまで、スポーツのビッグイベントで著名人に「臨時評論家」になってもらい、大会報道に彩りをそえてきた。1986年のサッカーW杯メキシコ大会では、なんと王様ペレが臨時評論家に就任。準々決勝イングランド戦での「6人抜き」「神の手」2ゴールで、世界的なスターになったマラドーナについても言及している。キレキレの評論を披露した、王様の貴重なコラムを再現します。

サッカー

◆ペレ 本名・エドソン・アランチス・ドゥ・ナシメント。1940年10月23日、ブラジル・ミナスジェライス州生まれ。15歳でサントス入りし、22年間在籍。75年から北米サッカーリーグのニューヨーク・コスモスで3年間プレーして引退。16歳9カ月でデビューした代表では初出場初得点。58年から4大会連続でW杯出場。70年メキシコ大会で史上唯一の3度目優勝。生涯成績は1363試合出場、1281得点。愛称は「王様」。現役時代は171センチ、73キロ。

「ソ連の快進撃はセックス厳禁のウサ晴らし」

1986年6月11日の紙面に、こんな見出しが載った。サッカーW杯メキシコ大会で、ソ連(現ロシア)が1次リーグをグループ首位(2勝1分け)で突破したことを伝える紙面だ。

スポーツ紙らしいエキセントリックな見出しだな~とニヤニヤしていたら、なんと、大会中に日刊スポーツの臨時評論家に就任していたサッカーの王様ペレが言っていたのだ。

「ソ連の快進撃の裏には、セックス厳禁の腹いせ、うさ晴らしが隠されている。ソ連はアルゼンチンとともに『足を弱らせる』と、夫人同行禁止のうえに夜間外出も禁止している。賛否両論あるが、押さえ付けられたエネルギーをグラウンドで一気に爆発させる結果になっている」

1986年6月11日付け本紙

1986年6月11日付け本紙

W杯で毎回取りざたされる「大会期間中のセックス是非論争」。開幕直前の5月29日付では、メキシコに特派された黒木博一記者がこう報告している。

「前回チャンピオンのイタリア・ベアルツォット監督は大まじめでSEXの話をぶちあげた。『選手たちにはボーナスが必要だ。しかし、金だけではヤツラは動かない。私は、1次リーグを突破したら、まるまる1日のセックス休暇をやると昨日宣言したんだ』。ワールドカップ史上でも前代未聞の、セックス・ボーナス」

それでいて、イタリアは夫人や恋人の同伴を一切認めていなかったから、黒木記者は「さあて丸腰の男たちが、どうセックス休暇を過ごすのか」と余計な心配もしている。

1986年5月29日付け本紙

1986年5月29日付け本紙

そんな、大会の雰囲気を王様も察知したのだろう。ペレは自らの過去を振り返り「私の場合、いつもと変わらない生活をするためと、女房を呼んだものだ」と告白している。ちなみにペレは3度結婚し、少なくとも5人の子供を設けている。そういえば、ED(男性機能障害)の啓発大使もやってたっけ。

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1988年入社。プロ野球を中心に取材し、東京時代の日本ハム、最後の横浜大洋(現DeNA)、長嶋巨人を担当。今年4月、20年ぶりに現場記者に戻り、野球に限らず幅広く取材中。