【私と長嶋さん〈20〉】「長嶋語録誕生」裏のいきさつ 半世紀伴走した野球人/3

小俣進さん(74)は13シーズンぶりに巨人に復帰した長嶋茂雄監督付の広報に就任しました。1993年(平5)宮崎春季キャンプの大フィーバー、ガルベス事件を発端にした退任騒動、ON対決など、長嶋第2次政権を至近距離で見続けてきました。半世紀近く、長嶋さんに伴走してきた小俣さんの回想3回目です。

プロ野球

◆小俣進(おまた・すすむ)1951年(昭26)8月18日生まれ、神奈川県出身。藤沢商(現藤沢翔陵)―コロムビア―大昭和製紙を経て、72年ドラフト5位で広島入団。巨人、ロッテ、日本ハムに在籍した。174試合に登板、16勝18敗2セーブ。左投げ左打ち。現役時代は178センチ、77キロ。

長嶋監督付広報時代の小俣進さん

長嶋監督付広報時代の小俣進さん

連日の依頼にへとへとも「どんな取材も断るな」

日本で最も有名なスーパースター監督の広報に転じた小俣さんは、慣れない仕事にへとへとだった。93年2月、13年ぶりとなる長嶋巨人の春季キャンプの注目度は想像以上に高く、長嶋さんのもとには連日のように取材依頼が届いた。

1日10件、いやもっとあったかもしれない。さすがに負担がかかりすぎでは、と案じていた小俣さんの胸の内を透かすように、長嶋さんは言った。

「小俣、どんな取材依頼も断るな。マスコミの後ろには何千万人のファンがいるんだ」

小俣さんズシンと腹に響いたよ。監督がそれくらいの覚悟を持ってマスコミと接しているんだから、俺が音を上げてどうするんだって。

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1988年入社。プロ野球を中心に取材し、東京時代の日本ハム、最後の横浜大洋(現DeNA)、長嶋巨人を担当。今年4月、20年ぶりに現場記者に戻り、野球に限らず幅広く取材中。