【星川堅信】小説を書くBリーガー(上)

越谷アルファーズの星川堅信選手(23)が着実に成長しています。昨季は特別指定選手としてB2制覇に大きく貢献し、プロ契約を結んだ今季はB1初挑戦のチームを攻守でけん引しています。ダイナミックなプレーだけではなく小説を書く事でも有名で、「二刀流選手」としての存在感は抜群です。異色のアスリートはどのように育まれてきたのでしょうか。ご本人へのインタビューを中心に、2回にわたり迫っていきます。

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【次回予定〈8〉小説を書くBリーガー 越谷アルファーズ星川堅信編(下)】

◆星川堅信(ほしかわ・けんしん)2001年11月1日、栃木県宇都宮市生まれの23歳。小学校低学年からバスケを始め、強豪・鬼怒中学校から洛南高校に進学。早大に進み、1年時から2年間は宇都宮ブレックスの特別指定選手としてもプレー。昨季、越谷アルファーズに加入した。3歳下の弟・開聖選手は今年1月に宇都宮ブレックス入りした。190センチ、92キロ。ポジションはスモールフォワード。

2024年12月18日の宇都宮ブレックス戦で3ポイントシュートを放つ星川選手

2024年12月18日の宇都宮ブレックス戦で3ポイントシュートを放つ星川選手

星川選手の第一印象は「礼儀正しい青年」でした。

昨年11月29日、チーム練習終了後、越谷市民体育館の一室でインタビューを行いました。明るい笑顔であいさつされ、私がイスに座るまでその場に直立していました。

私はバスケの事はもちろん、チームのHPに書かれた「小説家系Bリーガー」が気になって仕方がありませんでした。伺いたい事がたくさんあり、ワクワクしながらインタビューを始めました。

―栃木のご出身ですね

はい。宇都宮市内です。宇都宮駅からは、車で20分かからないぐらいですかね。

―お父さんもバスケをやられていたとか

社会人でやっていました。ただ、父親のプレーの記憶があまりなくて。ビデオは残っているんですが。どんなプレーをしていたのかは気にはなります。

―ポジションは?

フォワードだと思います。180センチあるかないかぐらいの身長で。

―その身長でフォワードですか

はい。「ボールをおれに寄こせ」というタイプのプレーヤーだったと母親から聞いています。

―バスケをやるのは当たり前のような環境だった

当たり前ではなかったような気がします。強制されたわけではありません。

―では始めたきっかけは

通っていた小学校のチームが強くて、背が高かったので何人かに誘われました。ちょっとやってみようかなと思って、体育館に行くようになりました。

―身長は何センチくらいあったのですか

小学校に入学した時が130センチぐらいで、バスケを始めた3年生の時はたぶん140センチくらいかな。卒業のときに170センチくらい。中学校で190センチくらいになって、高校、大学はそんなに変わらずという感じです。

2024年10月19日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦でパスを繰り出す星川選手

2024年10月19日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦でパスを繰り出す星川選手

―バスケを始めた時、お父さんは喜んだのではないですか?

あ~そうですね。父親はコートに入ると結構、感情をあらわにするタイプだったようですが、私生活ではめっちゃおとなしいんです。口数もあまり多くないし。あからさまにうれしそうな態度を見せる事はありませんでしたが、バスケの事で質問すると、こうした方がいいよといろいろ教えてくれます。そういう人ですね。

―お母さんもバスケをされていたのですか

いえ、母親はずっと剣道をやっていました。バスケは見るのが好きという人で。母親には小さいころから「もっとガッツポーズをしなさいよ」とか「もっと声を上げてチームを盛り上げて」と言われています。小さいころからコートではあまり感情の出ないタイプで、それが小中高大、今までずっと続いているんです。父親がコートではガツガツ声を出すタイプだったので、たぶん比較されていたんでしょうね。

―剣道をやっていた人に聞くと「殺気」が重要だと

そういうところはあるかもしれません。母親は厳しいですね、礼儀とかに。

―お父さんに怒られた記憶はありますか

ほぼありません。怒るというよりか、それをされたら相手はどう思うのという言い方ですね。母親は愛のある厳しさ、父親は静かに見守ってくれる優しい人という感じです。

2024年10月19日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦開始前にリラックスした表情の星川選手

2024年10月19日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦開始前にリラックスした表情の星川選手

―両親に言われた事で、今でも残っている言葉とか大事にしていることはありますか

プロとして特別指定選手として契約していただいた時に、父親から「今まではみんなから与えてもらう人生だったけど、これからはお前が誰かに与えていかなきゃいけない時期に入るから、それは覚悟しとけよ」というラインをもらいました。

―どういう意味? とは思いませんでしたか

言いたい事は分かりました。親の扶養から抜けて、独り立ちしないといけないし、身の回りのことも自分次第。何かの対価として給料をもらうわけで、サービスというか、価値を提供する方に真摯に向き合わないといけない、そういう意味なんだろうなと。

星川選手の父親は日本を代表する企業にお勤めで、高度な技術を必要とする職種です。実に合理的で、かつユニークなお考えをお持ちのようです。

―「堅信」という名前は珍しいと思います。由来を教えてください

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1988年入社。プロ野球を中心に取材し、東京時代の日本ハム、最後の横浜大洋(現DeNA)、長嶋巨人を担当。今年4月、20年ぶりに現場記者に戻り、野球に限らず幅広く取材中。