【宇都宮ブレックス〈79〉】優勝! 渡邉裕規V手記

宇都宮ブレックスが「りそなグループB.LEAGUE 2024-25シーズン」の年間チャンピオンに輝きました。3季ぶり、史上最多3度目の戴冠。琉球ゴールデンキングスとの3試合は歴史に残る激闘でした。レギュラーシーズン最中の2月24日、ケビン・ブラスウェル・ヘッドコーチ(HC)が46歳の若さで亡くなられました。チームは「ケビンを日本一のHCに」を合言葉に、悲しみを乗り越えて頂点にたどりつきました。バイスキャプテンの渡邉裕規選手(37)が「BREXタイム」に単独手記を寄稿。自身も大きなケガに2度も見舞われた苦しいシーズンを振り返っていただきました。シャンパンファイトなどの写真とともにお届けします。手記の最後に「渡邉選手色紙プレゼント」のご案内もあります。(写真はすべて5月27日のファイナル第3戦から。撮影・増田悦実)

バスケットボール

横浜アリーナに試合終了を告げるブザーが鳴った時、柄にもなく、泣いてしまいました。

自分ではあまり覚えていないのですが、両手を合わせて天に向かって何か吠えていました。

去年から続いてきた悔しい思いも、悲しい思いも、やっと報われました。

ケビン・ブラスウェルHCに誓った約束を果たす事ができて、本当に良かったです。

1月17日、仕事でオールスターの会場(千葉・船橋)に向かっている時でした。

ケビンが入院したという連絡が来て、急いで比江島慎選手や遠藤祐亮選手に電話をしました。

みんなオールスターでは何事もなかったかのように振る舞っていましたが、早く宇都宮に帰りたかったし、心の底から楽しむ事ができませんでした。

宇都宮に戻っても病院には行けませんでした。

僕たちは間に合いませんでしたが、ケビンが倒れて最初の練習は急遽ミーティングだけになって、田臥(勇太)さんとジーコ・コロネルHC代行が話をして、みんなを落ち着かせてくれたそうです。

もちろん僕も含めて不安でしたが、ジーコがチームを救ってくれました。

病と闘っているケビンを尊重しながら、ケビンが不在のチームにどうアプローチしていくか、心を砕いてくれました。

ケビンとは長年の関係があって、アシスタントコーチとしてそばで見てきたということもあるし、加えて僕たち選手を尊重している気持ちがすごく伝わってきました。

ケビンが倒れて初めてのリーグ戦(1月25日琉球戦)でも、試合中はとても落ち着いていたし、堂々としていました。

僕たちも目の前の試合に集中できて、いい勝ち方ができました(105―86)。

あの時のジーコの立ち振る舞いが、今回のチャンピオンシップつながったと思います。

ジーコの功績は大きいと思います。

もちろん、ブレックスが培ってきたメンタリティーも大きかったと思います。

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1988年入社。プロ野球を中心に取材し、東京時代の日本ハム、最後の横浜大洋(現DeNA)、長嶋巨人を担当。今年4月、20年ぶりに現場記者に戻り、野球に限らず幅広く取材中。