0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦
0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦

僕は幸いなことに、とても優秀な指導者に恵まれてきた。何をもって優秀かというと「対話」ができるという点においてだ。選手は監督の部下ではない。僕は目標達成のための同志だと考えている。

先日、僕はチームを率いるシュタルフ監督と意見交換をした。そこには感情論など一切なく、お互いが最大目的のために建設的に話し合った。内容は「試合でメンバー外となった選手の練習はなぜ強度が高くなるのか」という僕の疑問から始まった。

メンバー外の選手の唯一のメリットは疲労が少なくフレッシュな状態であるということ。もちろんメンバー外になるわけなので、何かが不足しているはず。それがコンディションなのか、クオリティーなのか、戦術理解なのか、または人間性なのか。その不足している部分から目を背けようという話ではない。なぜ、そういったそれぞれの足りないところにフォーカスせず、一括にして強度の高い練習をさせるのか。こういった選手が思っていても言いにくい内容の話を、シュタルフ監督はちゃんと意見交換として話してくれる。

僕がまだ指導者として働いていた2016年に、研修でオランダのアヤックスや、ドイツのドルトムントを訪問させてもらったことがある。そこでは育成年代の練習や指導方法など、さまざまな観点から選手をどう育成するか、その上で指導者にはどんな能力が必要なのかを学ばせてもらった。その際に優秀な指導者を生み出す仕組みがあることを僕は知った。

例えばアヤックスではU-17、U-18、U-19の世代に5人の監督が存在する。3人がそれぞれのカテゴリーを担当し、残りの2人はその3人の監督をチェックする役割を担っていた。驚いたのは、このシステムが8週間でローテーションされていたことだった。

それはなんのためか。アヤックスの育成カテゴリーの最大目標はいかにしてカテゴリー昇格の割合を増やすかということ。要するに、勝敗ではなく選手の成長をメインにとらえている。8週間モデルでサイクルさせることで、選手は多くの指導者から見てもらえるチャンスがある。そして、指導者が選手を抱え込み、自分の部下のように扱うのを防ぐ。先入観やラベリングをされた選手はずっとそのイメージを残しがちだが、このモデルでサイクルさせることで、フラットな評価をされることになる。

加えてチェック機能を担う残りの2人が、練習メニューの意図などをそれぞれの監督に確認する。3人の監督たちも気を抜くことはできず、何となくの指導にはならない。こうして世界有数の育成組織が作られていることを知った。

ドルトムントにおいては、育成カテゴリーの中に教育リーダーという役職が存在し、日々、選手の将来を一緒に考えていた。その取り組みの中で興味深かったのは、10歳までに人生のABCプランを考えさせるというもの。そのまま選手になれた場合、なれなかった場合、他の職業に就いた場合。こうして小さい頃から自分の人生を客観的に捉えることを仕組み化していた。

日本ではいまだに監督は選手を部下扱いし、意見交換などを全く行わないことが多い。選手が意見を言えないのは、聞く耳を持っていない指導者が多いということ。優れた指導者の方々は皆、対話をしてくれる。なぜなら選手と監督は同志であるからだ。立場は違えど目指すべきところは同じ。そこに感情論や好みで判断するようなことがあれば、選手もまた同じように感情で反発するだろう。

指導者が対話を重んじ、お互いをリスペクトすると良いということはよく言われているが、実践できている人はどれだけいるかわからない。実際に他のクラブの選手たちからは疑問の声が上がっているのも事実だ。

僕が優れた監督と話して感じたのは、主観と客観を僕の意見に合わせて使い分けているということ。僕の主観が強いときは客観で返す。すると僕の頭の中がクリアになる。多くの指導者は選手の主観的な意見に感情が動かされ、主観で返すことが多い。大事なことは何なのか。そこがブレなければ、話の終着点をちゃんと見据えることができるはず。これはどんな場面でも言えることなのではないだろうか。

0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦
0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦

感情優位の思考ではなく事実優位の思考をし、目的優先の対話をする。監督と選手の関係は、上司と部下の関係を超えたものであると感じている。僕たちには毎週、試合へ向けたメンバー選考がある。それは毎週、合否発表があるのと同じだ。そんな関係性の中で信頼関係を築くのは容易ではない。

だからこそ、ちゃんと考え、目的のために必要な意見をしっかりと言語化することが大事だと思う。これはサッカー界だけではなく、社会の中でもとても重要なことではないだろうか。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「0円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、グレミオ・マリンガとプロ契約も、けがで帰国。03年に引退も、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年に旧知のシュタルフ監督率いるYS横浜に移籍。開幕戦のガイナーレ鳥取戦で途中出場し、ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を上回る41歳1カ月9日でデビュー。175センチ、74キロ。