長嶋茂雄招待セガサミー・カップで優勝し優勝杯を掲げる石川遼(2019年8月25日撮影)
長嶋茂雄招待セガサミー・カップで優勝し優勝杯を掲げる石川遼(2019年8月25日撮影)

男子ゴルフの石川遼(27=CASIO)が「強さ」をみせてくれた。1カ月半ぶりのツアー再開だった8月下旬の長嶋茂雄招待セガサミー・カップで4日間、トップを守り続け、自身初の2大会連続優勝したその強さももちろんだが、その戦い方に、心が震えた。

13年に米ツアーに参戦したが、なかなか結果につながらず17年に撤退した。18年から再び国内に主戦場に置いているが、頭には常に世界挑戦がある。今季は腰痛の影響で4月の東建ホームメイトカップを欠場し、5月の中日クラウンではプロ転向後、初めて棄権した。世界は遠い道のりかと思われたが、ツアーに出場しない間、肉体、スイングを改造しただけでなく、戦い方も変えた。

米ツアーに参戦する海外勢は、飛ばし屋が多く存在する。飛距離を求めるがあまり、自分の良さを消してしまう選手が多い。石川も飛距離にこだわり、ドライバーの調子を落としたが、今は違ったアプローチから世界に挑もうとしている。外国勢と対等に戦うため、プライドもかなぐり捨てて「飛距離を伸ばすより、飛んで曲げない人とグリーンにいったら同じくらいの距離にいるというところで戦う」ことを選択。アイアンショットで戦う「鉄の意志」を固めた。国内に戻り、選手会長を務め、競技の普及などに尽力し、多忙を極める中でも、ずっと挑戦する気持ちを失ってはいなかった。

アマチュアだった15歳でツアー優勝を果たし「ハニカミ王子」として時の人となった。若くして勝利を積み重ね、米ツアーに挑戦し、そして、挫折した。それでも、諦めず、肉体、思考に変化を加え、雪辱の機会を模索することは、勇気が必要なはず。正直、今後日本に居続けてもだれも何も言わないはずなのに、そこから逃げずにはい上がろうとする思いは、競技以上に強さが感じられた。

大会後、義理の母の死を伝えた。木曜日に亡くなり、その死とも対峙(たいじ)していた。闘病中だったとはいえ、最愛の人の死を受け止めるにはあまりにも短い時間だ。それでも、出場に踏み切った。「変わらず頑張る姿を見せたかった」と胸中を吐露したが、葛藤と戦っていたことは想像に難くない。その前日、AIG全英女子オープンを制し、注目を集める渋野日向子(RSK山陽放送)の話題になると「たくさんの人から応援されていることを忘れないでほしい。ボールには人の思いが乗っかる。応援されている方が絶対に力になる」と話していたが、そんな思いも支えていたのかもしれない。

逃げずに逆境、苦しみに立ち向かうことの意味を、だれよりも知っているんだろうと思う。僕らも立場は違えど、社会で暮らし、人の死に直面することもあれば、挫折を繰り返す。人生に迷うこともあるが、そんな時、アスリートに、励まされ、勇気をもらい、その姿に自身を投影させ、もう1度、もう1度と心が奮い立つ。だからこそ、スポーツに熱狂するんだと思う。石川にも、間違いなくそう思わせてくれる強さがある。

今後、10月開催の日本初開催となる「ZOZOチャンピオンシップ」(千葉・習志野CC)で久々に米ツアーに参戦する。石川遼の第2章の幕開けと言ってもいいその戦いも、また、僕らに何かを伝えてくれるんだろうと思う。今から心待ちにしたい。【松末守司】

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

長嶋茂雄招待セガサミー・カップ 優勝スピーチで目元を赤くし義母が亡くなったことを話す石川遼(2019年8月25日撮影)
長嶋茂雄招待セガサミー・カップ 優勝スピーチで目元を赤くし義母が亡くなったことを話す石川遼(2019年8月25日撮影)