全米プロ選手権は、衝撃的だった。フィル・ミケルソン(米国)が、50歳11カ月7日でメジャー史上最年長優勝。90年代から活躍し、タイガー・ウッズ(米国)と人気を二分してきたスーパースターの復活に、観衆は大いに沸いた。ウイニングパットが決まると、両手を掲げたミケルソンと同じように、最終18番のグリーンを取り囲んだ多くの観衆が、両手を突き上げて歓声を上げ、感情を爆発させていた。西日に照らされたその光景は美しく、映像で見ていただけでも鳥肌が立つほどだった。

ただ、最も衝撃を受けたのは、その少し前だった。ミケルソンが18番パー4の第2打をグリーンに乗せると、興奮した観衆が警備員の制止を振り切って、続々とロープ内になだれ込んできた。あっという間に最終組のミケルソンとケプカは、群集にのみ込まれた。3月に右膝手術を受けたケプカは、この時のことを「何度もぶつかった。膝を守ることで必死だった」と、プレーに支障を来したとして、不快感を示している。

ミケルソンも一時的に、もみくちゃにされながら、どうにかグリーンにたどり着いた。昭和のころに見た人気プロレスラーの入場シーンのように、ファンに体を触られまくりながら、人垣をかき分けていた。観衆は1日1万人が上限とされたが、それ以上と思わせるほどの多くの人が、最終組の2人がプレーする、18番のグリーンを取り囲んでいた。

日本では、コロナ禍のこの1年以上、見たこともないような「密」の状態だった。しかも、中継に映し出される範囲で、観衆でマスクをしている人は確認できない。ワクチン接種が進む米国では、新型コロナウイルスはすでに、過去のもののようになっているのかもしれないと感じた。事実、大会が開催された米サウスカロライナ州では、1日の新規感染者が、1月のピーク時には1万人近くもいたが、大会期間中は500人にも満たなかったとされる。感染者激減で、封じ込めに成功したとはいえ、すでに以前の日常を取り戻していた。

この現実を目の当たりにすると、日本の対策の遅れは顕著だ。日本人の国民性からして、コースになだれ込むような事態は、そうそう起こらないと思うが、仮に今の日本で同じことが起きれば、ミケルソンの最年長優勝の快挙が吹き飛ぶほど、大混乱の“事件”として扱われてしまう。優勝の瞬間の美しい光景も、素直に「美しい」と、とらえられなくなってしまう。スポーツ本来の楽しさ、興奮を、再び純粋に味わえる日が来ることを切に願うと同時に、その環境を取り戻した米国を、うらやましくも思った。【高田文太】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)