よく「夜討ち、朝駆け」と言う。記者の取材姿勢を端的に表した言葉だ。情報源の秘匿のため、どこで誰に聞いたか分かりにくいように、意外な場所を選んで取材する配慮が必要だという意味もある。そしてもうひとつ「取材はサプライズが大事だ」という考えもこめられている。

 取材エリアでのやりとりだけでは、取材対象に熱意を伝えるのは難しい。「こんなところまで見ているのか」。「ここまでして取材するのか」。そう思ってもらうためには、サプライズは重要だ。以前とはメディアのあり方が大きく変わった2014年現在にあっても「夜討ち、朝駆け」は我々記者にとっては、金科玉条なのだと思う。

 だから文字通り、夜討ち、朝駆けをする。ウオームアップのため午前5時に会場入りする選手を、クラブハウスの玄関で出迎える。日没のショット練習場に1人残っている選手を、最後の1打まで見届ける。もっと言えば、“偶然”会場近くの牛丼店で一緒に朝食を食べることもあるし、“偶然”ホテルで部屋飲みをすることもある。

 うっとおしがられるリスクも感じつつ、サプライズにつとめているが、逆に「夜討ち、朝駆け」に驚かされることもある。朝露も乾かないコースに現れる怪しい人影。薄暗い会場で、林の中からスッと現れるので、肝を冷やす。日焼けした顔とふくらはぎ。手にはヤーデージブック。午後スタートの選手に帯同しているキャディーのみなさんだ。

 特によく見かけるのは、主に片山晋呉についている佐藤賢和さんや、谷口徹専属の石井恵可さん、主にハン・リーについている原田眞由美さんといったあたりだ。彼らは午前スタートの選手のショットを見て、グリーンの硬さや速さ、ピン回りの傾斜やパットのラインを確認する。

 時折足を止め、特に入念にチェックする場所もある。彼らを見ていれば、今日はどのホール、どのピン位置が要注意なのかがよく分かるので、我々にとっても非常に参考になる。彼らはそうやって、選手の会場入りの前に、速足で18ホールを見て回る。007が2度死ぬなら、キャディーは1日2度ホールアウトする。

 それでも原田さんは「本番のラウンドで、調べたことを選手からまったく聞かれないこともありますよ」と苦笑いする。さらに言えば、たとえ99調べていても、調べていなかった1を聞かれて答えられなければ、入念な下見も意味をなさなくなる。

 質問に答えられて当然。答えられなければ努力も水泡。はた目に見ても、大変な仕事だと思う。OKラインも分かりにくい。そう話すと、原田さんは昔コンビを組んだ時の谷原秀人の言葉をひもといてくれた。「谷原プロは『1日に2つ、的確なアドバイスをしてもらったら、オレはこのキャディーを選んでよかったと思える』と言ってくれました。それでだいぶ気が楽になった。今もキャディーを続けていられるのは、谷原プロのおかげです」。

 仕事の姿勢自体で、信頼を勝ち得ることもある。佐藤さんは石川遼に初めて帯同した13年のタイ選手権の開幕前、会場のアマタスプリングCCのグリーンを回り、水平器を使って1ヤードおきに傾斜を測った。これを18ホールすべて行ったため、ホールアウトに8時間もかかったという。

 これこそまさにサプライズ。佐藤さんの入念な下見に感銘を受けた石川は、他の日本人選手に「グリーンの傾斜は、賢和さんに聞けば全部分かりますから」と自分のことのように誇らしげに話していた。そして今年7月の長嶋茂雄招待セガサミー杯、片山晋呉の負傷欠場でフリーだった佐藤さんは、石川からオファーを受けた。そしてこの時も「夜討ち、朝駆け」の下見に裏付けられた的確なアドバイスで、石川を優勝に導いた。

 経費節減のために、遠征先では知り合いの家に下宿するキャディーもいる。選手は新幹線や飛行機で移動するが、キャディーは遠征先で使うワンボックスカーを運転し、次の会場まで10時間以上かけて移動する。朝から晩までかけてコースを調べあげ、それでもアドバイスがうまくいかないこともある。ようやく勝っても、決してスポットライトを浴びることはない。

 それでも彼らは汗をかき続け、プロゴルファーの最高のプレーを演出し続ける。朝な夕なに見かける彼らの姿に、励まされることは多い。少しぐらい仕事がうまくいかなくても、彼らに負けずに汗をかかなければ、と思わされる。

 10月の日本オープン選手権第2日9番パー4。ティーショット直前の片山晋呉は、かたわらの佐藤キャディーに「ドライバーで打つと、右のフェアウエーバンカーに入るかもしれないよね」と聞いた。すると佐藤さんは質問に対し食い気味で「あそこはアリです」と断言した。

 満足そうにうなずいた片山は、右のフェアウエーバンカーからの第2打を50センチにつけてバーディーを挙げた。しれっとした顔で9番グリーンを下りてきた佐藤さんを見て、私のほおはゆるんでいたかもしれない。【塩畑大輔】