復活の日を見据えて。石川遼(29=CASIO)の表情に曇りはなかった。今年国内初戦となる東建ホームメイト・カップ(三重・東建多度CC名古屋)。石川は通算5オーバー、147の120位で予選落ちを喫した。開幕直前に行われたマスターズで同学年の松山英樹がアジア人初の優勝を果たすなど刺激を受けて入った大会だったが、結果は対照的なものとなった。

今は我慢の時だと割り切っている。今年は主催社推薦で1月のソニー・オープン、3月のホンダ・クラシックと米ツアー大会に2試合出場するも、いずれも予選落ち。これで3大会連続で苦杯をなめることになったが「そんなに調子は悪くなくて。ただちょっとかみあっていないという感じ。来週以降、修正できればいいなと思います」と前向きだった。

20年3月から師事する田中剛コーチと共にスイング改造に取り組んでいる。石川の中では、今はまだその途中段階。今大会でも細部の明言は避けたが、飛距離、正確性の両立した「効率の良いスイング」を目指して試行錯誤を続けている。現在の状況については「良いスイングと(昔の)癖が出た時で幅がある。その幅の間のスイングが出た時にコントロールができていないことが1年以上経ってもあるので。それが減って、無意識に(良いスイングが)できるようになることが今年1年間の目標です」と説明した。

かつて「マスターズ優勝」は石川の代名詞だった。2007年、15歳でプロツアー初出場となったマンシングウェアKSBカップを制して以来、その夢を公言し続けた。17歳だった09年に日本人史上最年少でマスターズに出場。11年にアマチュアとして初出場を果たす松山より2年も早かった。11年大会では松山が27位でローアマを獲得し、石川も20位に入った。勢いのあった同学年の2人を中心に日本選手が世界で活躍する姿をファンは期待した。

現在、2人の境遇は異なったものに見える。それでも松山のマスターズ制覇を受け、石川は「当然、自分はそっち側というか、世界にいきたいと思っている人間なので」とあらためて再起への思いも口にした。「東建-」でも初日後に「最後の1打まで諦めずに頑張りたい」と語った通り、2日目は初日に苦しんだパッティング改善を狙い、パターをL字タイプからピン型のセンターシャフトタイプに変更。結果こそ予選落ちとなったものの、少しでも状況を好転させようという気持ちは感じられた。

今は焦っていない。石川は松山からの刺激を繰り返し口にする一方で、「自分は自分の道で、自分のペースでやれたらなと思います」とも話した。追い求めるスイングの完成、そしてショットやアプローチのキレが戻れば、再び米ツアーでも活躍できる。まだ今年で30歳。「(20年3月に)スイングを変える前に比べたら、全然その中でも良くなっていますよ」。明るく話す石川の言葉を信じ、その時を待ちたい。【松尾幸之介】