渋野日向子(23=サントリー)が1打差3位で19年大会以来、3年ぶりのメジャー2勝目を逃した。首位アシュリー・ブハイと19年大会と同じ最終日最終組。スタート前のブハイとの5打差を一時は3打差まで詰めたが、最難関ホールの14番パー4で痛恨のダブルボギーをたたくなどパープレーの71。通算9アンダーで日本人初のメジャー2勝にあと1歩及ばなかった。

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ホールアウト後、渋野の表情は晴れやかだった。

「まず最近の私の調子からして、最終日最終組で回れたのは本当に奇跡。一緒に回ったのはアシュリーさんだったので、お互いに“ナイス”と言い合いながら、いい雰囲気で回れました。悔いの残る場面もあるけど、この順位にうれしさもあります」。

食らいついた。2番でバーディーが先行したが、3、4番で連続3パット。しかし、5番パー5で2オンさせ、6メートルを沈めるイーグルで2連続ボギーを帳消しにした。8番のボギーも9番バーディーでバウンスバックした。

諦めなかった。14番パー4は第1打がポットバンカーに捕まって、ダブルボギー。ブハイと5打差、1組前の田仁智と2打差になったが、ブハイが15番でトリプルボギー。17番パー5で2オンに成功、イーグル逃しのバーディーを奪い、2人とは1打差に…。だが、そこまでだった。

無我夢中な20歳が、タフで強い23歳になった。第3ラウンド後、最終日に挑む心境を語っていた。

「3年前は海外が初めてでいろいろ楽しかったけど、今回は本当に集中してゴルフを楽しめている。3年たって、いろいろ変えたり、覚えたりして、それを発揮できたショットが多いことに、本当に喜びを感じています」-。

世界に衝撃を与えた19年大会優勝。ずっと笑顔で、時には駄菓子を食べながら、最後は“壁ドン”でウイニングパットを決めた。世界は「スマイリング・シンデレラ」とたたえた。しかし、無名のジュニアから青木翔コーチの手ほどきで18年にプロとなり、初の海外大会で頂点を極めた反動は大きかった。

コロナ禍の20年、2度目の海外遠征で壁に当たる。8月スコットランド女子オープン、前年優勝で臨んだ全英で連続予選落ち、9月ANAインスピレーションから10月全米女子プロまで4試合は予選に通ったが、心底打ちのめされた。

同年暮れに青木コーチの元を離れた。世界で戦うため、1人でやると決めた。大胆にスイングも変えた。「再現性」「ショットの精度」を求め、トップを極端に浅く、低く、スイングプレーンをフラットに-。一時、飛距離は落ちた。良くも悪くも「個性的」な動きに、プロ、ツアー関係者ですら懐疑的な見方をする人が多かった。ネットでは誹謗(ひぼう)中傷まがいの書き込みが氾濫した。なかなか出ない結果に時に落ち込みながら、重圧に耐え、自分の道を歩んできた。

最後まで戦った。

「この4日間、いろんなことを学びました。忘れていたことを思い出したのもあるし、新しいことを学べたところもある。でも、ほんとになんでこんなに良かったのかな?」。

3年間で強くなった。メジャータイトルにふさわしいゴルファーだと証明した4日間だった。

【詳細ライブ】渋野日向子惜しくもVならず プレーオフに1打届かず3位