2次リーグ首位通過のフォルティウスが延長戦(エキストラエンド)にもつれた大激戦を制し、21年以降の新体制では初の日本一に輝いた。
同2位の北海道銀行との“新旧対決”に8-7で勝利。26年ミラノ・コルティナ五輪の代表決定戦(9月、稚内)と世界選手権(3月15~23日、韓国)の出場権を手にし、五輪へ望みをつないだ。リード近江谷杏菜(35)は「結果を出せると信じてやってきた」と誇らしげに笑った。
底からはい上がってきた。22年北京五輪代表決定戦では、王手をかけながらロコ・ソラーレに3連敗。その後は所属先との契約が終了し、スポンサーもない状況から新体制で再出発した。「最初はスポンサーもゼロで所属先もなかった。7カ月くらいは自分の貯金を切り崩しながらという期間だった」。チームのスタッフとともにスポンサー集めから始まった。
23年7月には、クラウドファンディングを実施。海外遠征などの活動資金を捻出するためだったが「それをファンの方にお願いしていいのかな?」と葛藤もあった。ただ同時に、カーリングで恩返ししたいという思いも強まっていった。
船山弓枝コーチ(46)は「みんな大変な中だったけど、好きなカーリングができると思ってやるしかないと。たくさんの方に協力を得て、1つ1つ整えていった」と振り返る。近江谷も「カーリングができるだけで恵まれている」と感謝の思いが募っていった。
苦難の時期を経て、つかんだ日本一。道は世界選手権、五輪代表決定戦へと続く。「世界の中でどれだけ戦えるかが、五輪につながる。舞台は違っても、横浜でできたカーリングをどれだけ継続できるかがターゲットになる」。気を引き締め、次の舞台へ目を向けた。
◆フォルティウス 11年4月に02、06年五輪2大会連続出場の小笠原歩と船山弓枝(現コーチ)、吉田知那美(現ロコ・ソラーレ)、小野寺で「北海道銀行フォルティウス」結成。14年ソチ五輪5位。同年に吉田知が退団し、吉村、近江谷が加入。15年日本選手権初優勝。21年にスポンサー契約が終了し「フォルティウス」に。21年12月に小林、22年9月に小谷が入団。チーム名はラテン語で「より強く」の意味。
◆26年ミラノ・コルティナ五輪への道 代表候補決定戦で3チームが争う。昨年の日本選手権で優勝したSC軽井沢クラブ、世界ランク最上位で今大会3位のロコ・ソラーレ、今大会優勝のフォルティウスが戦う。
◆26年ミラノ・コルティナ五輪の出場権獲得条件 国別出場枠は10。24、25年の世界選手権のポイント順で上位7カ国(開催国イタリア除く)に出場権が与えられる。24年はSC軽井沢クラブが出場し11位で3ポイントを獲得。今大会優勝チームが出場する世界選手権(3月、韓国)では好成績が求められる。逃した場合は、12月開催予定の五輪最終予選で残りの2枠を争う。


