今日からの連載は「私とW杯」と題して、ワールドカップ(W杯)日本大会に携わる人物や過去のW杯を経験した人物に迫る。シリーズ第1回は、日本大会でトンガ代表の「リエゾン」を務める、元日本代表のタウファ統悦氏(38)。各出場国に専属でつき、通訳業などを行うリエゾンとして、大会期間中はトンガ代表に同行。グラウンド内外でチームをサポートする。

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もともとは、東大阪市役所から通訳を頼まれただけだった。18年1月、トンガ代表のトウタイ・ケフ・ヘッドコーチ(HC)が、W杯1次リーグで戦う花園ラグビー場を視察。タウファ氏は通訳として同行した。

トップリーグのクボタでプレーし、HCも務めたケフHCは憧れの存在だった。視察後に、同HCやW杯組織委員会の関係者らと食事。その場で両者から「リエゾン」を頼まれた。「トンガ代表は憧れの場所。少しでもW杯で力になれれば」。断る理由はなかった。

タウファ氏はリエゾンの役割について「簡単に言えばお手伝い。マネジャーです」と説明する。W杯期間中はチームが敗退するまで、トンガ代表に同行する。宿泊先や練習グラウンドで選手らが快適に過ごせるようにサポートするだけでなく、通訳はもちろん、荷物運びや飲食店の紹介もする。母国トンガを離れて18年。あと数年で、トンガと日本での生活年数が同じになる。日本とトンガを知り尽くしているからこそ適任だ。

日本代表の一員として臨んだ11年W杯の経験も大きい。当時、ニュージーランドで感じたチームのストレス。多くの日本選手は言葉が分からず、オフでも思うように外出できずにリフレッシュできなかった。「W杯が始まると練習がメインではない。それまでの段階で厳しい練習をしてきている。どれだけ選手に優しい環境を作れるかが大事」。

W杯を約1カ月後に控えた8月3日には、パシフィック・ネーションズカップ(PNC)で日本代表とトンガ代表が対戦する。トンガ代表が来日してから試合翌日まで、リエゾンとして同行することが決まっている。試合会場は花園ラグビー場。「まさに運命的。しかもトンガと日本が試合するのはなかなかない」と興奮する。

幼い頃の夢は「トンガ代表」だった。しかし日本への留学をきっかけに、日本への愛着心が芽生えた。毎年トンガの実家へ帰るが、すっかり日本への生活に慣れた。「僕を作ってくれたのは日本。でも思わぬ形でトンガ代表に関わるチャンスがきた。ラグビーを通して日本にもトンガにも恩返ししたい」。あふれる両国への愛を原動力に“2度目”のW杯で尽力する。【佐々木隆史】

◆タウファ統悦(とうえつ)1980年(昭55)10月8日、トンガ生まれ。中学1年からラグビーを始め、トンガのトゥポ高卒業後に来日し、日大へ進学。05年に近鉄入りし、09年に日本代表入り。日本国籍を持ち、代表キャップは22。ポジションはフランカー、NO8。18年に近鉄を退団し、同チームのアンバサダーを務める。愛称は「トーエ」。183センチ、105キロ。