攻撃の口火を切ったのは、温存されていた「切り札」だった。4回表。先頭の西武渡辺直人内野手(36)は、楽天先発則本から初球、2球目とファウルを重ね、あっさりと追い込まれた。しかし、そこからが真骨頂だった。

 際どいコースの決め球を3球選び、フルカウントに持ち込む。さらに、ポイントを近くしての右方向へのファウルで粘る。9球目。甘く入った直球を、右中間に運んだ。

 中堅島内のグラブをかすめて抜ける二塁打。「粘って、チャンスを待とうと思った。うまくいきました」。プロセスも含め、則本のリズムを崩すのには十分だった。渡辺直は木村文の適時打で生還し、歓呼の声でベンチに迎えられた。この回、チームはさらに浅村が適時打を放ち、3点のビハインドを逆転。5、6回にも加点し、首位楽天を突き放した。

 満を持しての起用だった。数日前。夕食の席で辻監督は、同席の馬場コーチから「開幕1軍メンバーで、直人だけまだ試合に出てませんね」と指摘された。すると「調子がいいのは分かってるよ。でも、最初に使うならやっぱり楽天戦やろ」とニヤリと笑った。

 前日。左の辛島が先発予定だった楽天との今季初戦は、雨天中止になった。これで起用の機会は見送られるとも思われたが、辻監督はあえて右の則本に、右の渡辺直を指名打者でぶつけた。

 もちろん、昨季9打数5安打の相性の良さもある。しかし試合前には「それだけじゃないよ。直人が出ていけば、則本だけじゃなく、梨田監督がイヤだと思うよ。あのしぶとさはイヤだと言っていたからね」と意図を語っていた。選球眼とファウルで粘った末のチャンスメークは、まさに相手指揮官泣かせのプレーだった。

 信頼はあつい。辻監督は「直人には一番サインが出しやすい。だってオレがオレにサインを出すようなもんだから」と現役時代の自らのスタイルに重ね合わせる。オープン戦では、他の打者はみな伸び伸びと打たせて力をはかっていたが、渡辺直だけにはエンドランなどのサインを何度も出した。

 計算は立つ。だからこそ、今最も勢いがある首位楽天戦まで温存し、古巣相手に切り札として投入した。起用は成功。則本から3打数3安打の大暴れで、打線を勢いづけた。

 この日は先発多和田が、制球に苦しんで4回持たずに降板。「今年はカード頭を任せる」という意味で、スライド登板させた首脳陣の期待に応えられなかった。そんな悪い流れを、今季初出場のベテランの活躍が吹き飛ばした。チームにとって、今季初の逆転勝利。辻監督にとっても、渡辺直にとっても、会心の白星になった。【塩畑大輔】