<オリックス4-3阪神>◇5月31日◇京セラドーム大阪

 目に宿る光が違った。力強く腕を振り続ける井川が、マウンドにいた。「きょうは勝ちたかったんです」。勝ちを得て、吐きだした一言。チームに5割目前の勝ちを呼び込んだ83球。オリックス井川慶投手(33)が復活した。

 阪神のタテジマ、ヤンキースのピンストライプを着ていたころの150キロを超える剛球は影を潜めた。最速は141キロ。それでも経験が33歳の左腕を支えた。西岡、マートンのバットに空を切らせた。3回に高山に同点ソロを打たれたが、4回1死一塁でマートンをチェンジアップで遊ゴロ併殺。ベンチに戻りながら手をたたいた。

 「きっと何か、持っているんだよ」。試合前、西本投手コーチ兼バッテリーコーチはつぶやいた。井川の復帰登板が阪神戦になった因縁。昨年7月11日の日本復帰初勝利も、阪神時代の恩師、星野監督が率いる楽天戦だった。今回もわざわざ阪神に当てたわけではない。海田が調子を落として先発から外れるのと井川の復調が重なった。絶妙のタイミングで阪神戦が来た。

 昨年末、水戸商時代の恩師、橋本実監督の墓に参った。同9月に他界した恩師には「妥協せず、自分を律しろ」と言われ続けた。メジャー挑戦も日本球界復帰も見守ってくれた恩師の墓前に線香をあげながら「来年こそ活躍したい、いい報告をしたい」と切に願った。好機が巡ってきた。

 この日グラウンド入りし、真っ先にマウンドに向かい、傾斜を確かめた。8時間後、阪神相手に勝利を飾り「セ・リーグ全部に勝ったので、木佐貫に続きたいですね」と全球団勝利を目指すことまで宣言。それでも6回途中の降板は大きな悔いになった。1死満塁で鳥谷に2点打を浴びた。「あそこで打たれるのは力不足。きょうは鳥谷にもてあそばれたので、来年こそ本当の勝負、力勝負をしたい」と言いきった。満身創痍(そうい)で投げながら黒星が先行し、苦しみ抜いた1年を経て井川が戻ってきた。【堀まどか】<井川の苦闘メモ>

 ▼12年10月30日

 大阪市内の病院で左肘の遊離軟骨と骨棘(こっきょく)の除去手術を受けた。

 ▼同11月30日

 正午から神戸市内で契約交渉の予定だったが、トレーニングを優先したため1時間半も遅れて交渉の席についた。2年契約の2年目で、現状維持の年俸1億円(推定)でサイン。

 ▼13年1月19日

 左肘のリハビリで沖縄・宮古島の春季キャンプは2軍スタート。

 ▼同2月4日

 キャンプ中、トレーニングをかねて宿舎から球場まで約10キロを自転車通勤していたことが明らかに。

 ▼同2月9日

 手術後初めてブルペン入り。

 ▼同3月23日

 ウエスタン・リーグ阪神戦(神戸第2)で実戦復帰。先発で2回無安打無失点で2奪三振。「違和感はもうない」と手応え。

 ▼4月17日

 同広島戦(神戸第2)で5回10安打7失点。同20日に1軍練習に参加し、森脇監督から「次の登板で答えを出していかないといけない」とゲキ。

 ▼同5月1日

 同広島戦(神戸第2)で、帰国後の実戦初完封。