<広島3-4阪神>◇14日◇どらドラパーク米子
楽しいな楽しいな、大和にゃ1発もある~。プロ9年目、1172打席目で飛び出した阪神大和外野手(26)のプロ1号が、1点差勝利の呼び水となった。米子の左翼スタンド“最上段”に消えたメモリアルな1発。水木しげるさんの生家に近い米子は、現役時代の和田監督も1発を放った「レアアーチ」の里。妖怪1発木綿とともに、首位カープに競り勝った。
初めてのアーチは無心の中で生まれた。3回2死、大和は必死だった。追い込まれてから変化球を見極めて、際どい速球をファウルした。粘った末の11球目。高めに浮いた変化球に反応した。米子の夜空に舞い上がった打球は、左翼席に消えていった。
「塁に出ることしか考えていませんでした。あんなにゆっくりベースをまわったのは初めてだったので不思議な感じでした」
入団から9年、1172打席目で、ついに出た1発だった。初めての感覚に身を委ねながら、ダイヤモンドを走った。前日のサヨナラ負けから初回に先制されたダメージを振り払う同点弾だった。
3月30日の巨人戦。東京ドームであの“事故”が起こった。西岡と福留が打球を追って激突した。最も近くで目撃したのが中堅大和だった。心配そうに倒れたままの両者から離れなかった。福留はグラウンドに立つことができたが、西岡は目の前で救急搬送された。試合後、球場を後にした大和はその足で都内の病院へ駆けつけた。
「あれほどの衝突だったから…。でも、ツヨシさん意識はありました」
まだ試合の余韻が冷めやらぬ状態で枕元に立った大和に対し西岡は気丈にも声をかけてくれたという。
今年1月、西岡に誘われて合同自主トレを行った。技術はもちろん、1つのプレーで、1つの言葉で流れをガラッと変えてしまう西岡のメンタルに迫った。
「どういう考え方をしているのかを聞きたかった。ツヨシさんにはいろいろなことを教えてもらいます」
この日、あの打席、追い込まれながらも食らいつき相手の失投を仕留めた。西岡というムードメーカー不在の中、自ら切り開き、勝利に貢献する1発だった。
「本塁打は打てないと思っていましたから…。打ててよかったです」
帰りのバスに乗り込む間際、1号の味をかみしめた。9年前、176センチ、62キロのきゃしゃな体で入団してきた青年は今、猛虎に欠かせないレギュラーになっている。米子の空にかかったアーチ。それは大和が歩んできた成長の軌跡、そのものだったのかもしれない。【鈴木忠平】
▼阪神大和がプロ9年目、通算1172打席目で初本塁打。デビューからの連続打席本塁打なしには1本も打たないまま引退した横沢七郎(東急)の1770打席があり、現役ではロッテ岡田(1680打席)巨人松本哲(1282打席)と大和の3人が1000打席を超えていた。
▼阪神では赤星憲広が05年6月12日の日本ハム戦(甲子園)江尻から本塁打を放って以降、09年限りで引退するまで連続2528打席本塁打なしのプロ野球記録を樹立。また和田豊(現監督)は90年10月3日ヤクルト(神宮)から94年5月25日巨人戦(甲子園)まで1929打席無本塁打を続けた。なお和田は99年5月19日、米子での広島戦で本塁打を記録している。



