<日本ハム5-1ソフトバンク>◇13日◇札幌ドーム
国指定難病の黄色靱帯(じんたい)骨化症の手術を受けたソフトバンク大隣憲司投手(29)が、日本ハム戦で昨年5月31日以来、408日ぶりの1軍復帰登板を果たした。8回の1イニングを3者凡退に抑え、先発勝利へ大きな1歩を踏み出した。チームは連勝ストップながら2位オリックスが敗れたため首位を守った。
ブルペンでの緊張が、自然と消えていた。ホームもビジターも関係ない。大隣は、大観衆が見守る1軍マウンドに戻れた喜びを、かみしめながら投げた。
「思い描いていたより簡単に3人で終われた。ほっとしているのが率直な気持ち。歓声の中で野球をやるのは楽しかった。1軍と2軍では高ぶりが違う。全体的には良かった。打者としっかり勝負できた」
陽岱鋼から3人を内野ゴロ。直球は病気前とほぼ変わらぬ141キロを計測した。スライダー、フォーク、チェンジアップと変化球も駆使して、あっさり7球で料理。先発復帰への道筋をつけた。秋山監督も「すんなり入れたんじゃないの。(次回の先発は)まあ可能性はあるんじゃないか」と今後に期待を膨らませた。
容易な道のりではなかった。発症後は下半身のしびれが抜けず、足の大きさが2倍に感じた。昨年6月の手術後も、暗闇を1歩ずつ進むようなリハビリ。失った足の感覚を戻すため、「熱い、熱い」と言い聞かせながら熱湯をかけた。妻優子さんに足の裏をくすぐってもらい、神経の回復を確認。そんな日々だった。
弱音は妻にもほとんど吐かなかった。手術中の映像を収めたDVDを入手し、1回だけ見たことがある。「自分の体の中がどうなっているのか、興味があった」。現実と向き合い、少しずつ前に進んだ。「ここまで支えてもらわないと、この舞台に立てたか分からない。しっかり恩返ししたい」。周囲に感謝の気持ちでいっぱいだった。
今日14日に出場選手登録を抹消される予定で、今後は後半戦の先発に向けた調整に入る。黄色靱帯骨化症を発病後、1軍に復帰登板したのは08年オリックス宮本大輔だけ。「今日は復帰であって復活でも何でもない。今後はどうなるか分からないが、先発で戻りたい。最終的には1年間、先発ローテを守って投げることがゴール」。2年前に12勝を挙げた左腕は、先発勝利という前例のない奇跡を強く思い描いた。【大池和幸】
◆黄色靱帯骨化症
脊髄の後ろにある椎弓と呼ばれる部分を上下につないでいる黄色靱帯が、骨化して脊柱管内の脊髄を圧迫する。症状としては下肢の脱力やしびれがみられ、悪化すると両下肢まひをきたすこともある。原因不明で、厚労省が難病に指定している。<大隣の苦闘>
◆痛み
13年4月29日ロッテ戦で「初球を投げたときに痛みを感じた」と腰痛を訴え、5月3日に出場選手登録抹消。
◆1度は復帰
同5月23日に再昇格。しかし3勝目を挙げた5月31日広島戦で再び腰痛に苦しむ。
◆難病判明
同6月1日に再び抹消。検査の結果黄色靱帯骨化症と分かる。
◆手術
同6月21日に都内の病院で手術。
◆再起へ
同7月22日に約20メートルのキャッチボール。10月23日のフェニックス・リーグのロッテ戦で実戦復帰。
◆2軍戦復帰
14年5月29日のウエスタン・リーグ阪神戦で2軍公式戦に初登板。
◆1軍昇格
7月11日、出場選手登録された。



